2017 06123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 08

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Michael Jackson──リズムの奴隷




「どうして股間を掴むのかって(笑)? 無意識にやってしまうんですよ。踊ってる時、ダンサーは音楽を奏でているサウンドを表現するわけです。ノリのいいベースであれば、自分もベースになる。チェロとか弦楽器なら、それになる。そのサウンドが表す情感になりきるわけです。つまり、僕が踊りながら(股間を)“バーン!”って掴んだら、それは音楽がそうさせているということなんです。掴もうとして掴むわけじゃない。あまりいい場所じゃないですしね。考える間もなく、そうなっているんです。後から映像を見て、“こんなことやったの?”って驚くことがありますよ。僕はリズムの奴隷なんです」(10 Feburary 1993, Michael Jackson Talks... To Oprah)

 踊っている最中に股間を掴む理由をオプラ・ウィンフリーに訊ねられた時のマイケルの返答。“僕はリズムの奴隷です(I'm a slave to the rhythm)”と答えている。
 
 期待度マックスの新譜『XSCAPE』('14年5月13日発売/日本盤5月21日発売)に収録されているマイケル・ジャクソンの新曲「Slave To The Rhythm」。そこでマイケルは、確かにこのインタヴュー発言と同じ意味で“リズムの奴隷”と化している。これぞMJ、というバキバキのダンス・ナンバーだ。

 もともと『DANGEROUS』(1991)用にベイビーフェイスやLAリードらによって書き下ろされ、『INVINCIBLE』(2001)のアウトテイクとも言われていたこの曲は、ティンバランドが手を加えた今回のエレクトロ・ファンク調の“現代版”(クソ素晴らしい)を一聴する限り、マドンナの「Music」(2000)に近い印象を受ける。音楽やダンスをテーマにした似たような歌かと思いきや、さにあらず。“リズムの奴隷”というタイトルは、巧妙な罠である。この表題フレーズは、歌詞内で上掲のインタヴュー発言と全く違う文脈で使われているのだ。驚くと同時に、私はその歌詞に既視感を覚えた。「Slave To The Rhythm」は、かつて日本で大ヒットしたある歌と非常によく似ているのである。和訳してみよう。


 Slave To The Rhythm
 (L.A. Reid/Babyface/Daryl Simmons/Kevin Roberson)
 
 彼女はベッドで踊らされる
 夜な夜な夫の欲求に応える
 彼が満足して
 眠りにつくまで
 彼女は朝早くから踊らされる
 てきぱきと朝飯の支度
 どうにか時間に間に合わせ
 子供たちを学校へ送り出す
 
 彼女はリズムの奴隷
 リズムに縛られてる
 彼女はリズムの奴隷
 リズムの奴隷
 愛という名のリズムの奴隷
 
 彼女は職場で踊らされる
 上司に残業させられて
 頭を下げて頼み込む
 「今夜は帰宅させてください」
 彼女は台所で踊らされる
 夕飯ができるのは9時近く
 夫からは1時間遅いと言われる
 これじゃ頭がおかしくなる
 
 彼女はリズムの奴隷
 リズムに縛られてる
 彼女はリズムの奴隷
 リズムの奴隷
 愛という名のリズムの奴隷
 
 彼女はひたすら働く 生活のため
 感謝もしない夫のため
 いくら尽くしても報われないのに
 日々追われるまま 足枷は外れない
 
 ある晩 彼女は夫と喧嘩になり
 もう踊らされないと心に決めた
 それでも同じことの繰り返し
 彼女は家を飛び出した
 
 生活から逃れようと夜通し踊った
 自分のビートに合わせて踊った
 嘆声を上げると 彼女は観念した
 やっぱり家に戻るしかないのだ
 
 彼女はリズムの奴隷
 リズムに縛られてる
 彼女はリズムの奴隷
 リズムの奴隷
 愛という名のリズムの奴隷
 
 
 主人公の女性が隷属している“愛のリズム(the rhythm of love)”とは、家事と仕事を両立させて家庭を切り盛りする主婦の日常生活のリズムのことである。夜は疲れた身体で夫の性的欲望に応え、朝は誰よりも早起きしてご飯を作り、子供たちを学校へ送り出す。職場では残業を強いられ、やっと帰宅して夕飯を作れば、夫から“遅い”と文句を言われる。彼女はこの生活サイクルから抜け出すことができない。それが“リズムの奴隷(slave to the rhythm)”と表現されている。“dance”という単語も、通常の“踊る”という意味ではなく、“踊らされる、振り回される、翻弄される”という意味で使われている。主人公が自発的に踊るのは、家を飛び出す終盤の一場面だけである。

 この歌は、まるで「およげ!たいやきくん」(1975)である。日々の生活に疲れた主人公の女性が夫と喧嘩して家を飛び出し、束の間の自由を味わった後、“やっぱり私は主婦なのさ”と諦めるところまで、「Slave To The Rhythm」はあのメガヒット曲──サラリーマンの悲哀を暗喩したと言われる──にそっくりである。ノリノリのロボティックなダンス・ナンバーは、実は主婦の過酷な生活を描いた哀しい歌だった。

 「およげ!たいやきくん」に触発されたのだろうか? んなわけねえべ……と思いつつ一応調べてみると、英語版「およげ!たいやきくん」なるものが過去に存在することが分かった。ラニー・ラッカー Ronnie Rucker という人物が「Swim, Taiyaki-Kun」というタイトルで歌っているのだ。歌詞はオリジナルをかなり忠実に英訳したものである。『英語!ポ・ポンのポン!! なつかしアニメをペラペラ歌おう』というCDに収録されている。しかし、CDが発売されたのは'93年のことであり、「Slave To The Rhythm」が『DANGEROUS』セッション時に書かれた作品であれば、これが参照されたということはあり得ない。そもそも、曲を書いたベイビーフェイスなりLAリードが、日本のアニメ歌謡に触発されるというのはちょっと考えにくい(私はてっきりマイケルの自作かと思ったのだが……詞を書いたのは誰だ?)

MJ_Slave2TheRhythm2.jpgMJ_Slave2TheRhythm3.jpg
リズムの奴隷──「およげ!たいやきくん」と『モダン・タイムス』

 「およげ!たいやきくん」的な袋小路の物語は、歌の世界に限らず、他にいくらでもあると思う。個人的には、ダンス繋がりでシドニー・ポラック監督『ひとりぼっちの青春』を連想したりもした。“リズムの奴隷”という表現からは、『メトロポリス』『自由を我等に』『モダン・タイムス』等の労働者の姿も思い浮かぶ。あるいは、グレイス・ジョーンズ「Slave To The Rhythm」(1985)──奴隷的労働について歌っている──に触発されたと考えるのがやはり自然だろうか。作者が何に触発されたのかは知らないが、こういう陰鬱な物語を、“dance”や“rhythm”といった音楽にまつわる言葉と引っ掛けて描いているところが面白い。マドンナ「Music」を彷彿させる“現代版”の仕上がりとあわせて、主婦を主人公にしたこの歌を「Abortion Papers」(「Papa Don't Preach」への返答のような『BAD』ボツ曲)の続編──中絶しなかった“彼女”のその後の物語──として捉えても面白いと思う。マイケルが主婦について歌うというのはちょっと意外な気もするが、社会的に厳しい状況に置かれた弱者への言及は、彼のアーティスト性を考えれば決して不自然なものではない。満ち足りたスーパースターの生活も、ある意味では、主人公の主婦や“たいやきくん”と似ていただろう(それ以上に奴隷的だったかもしれない。アルバム表題曲「Xscape」では、そこからの逃避が一人称で歌われている)。すごい曲がいっぱいあったんだな、と唸らされた。

 実は「おどれ!おかあちゃん」だった「Slave To The Rhythm」。私にはイントロのストリングスが「およげ!たいやきくん」にしか聞こえない(笑)。この記事を読んだあなたも、悪しからず、一生この錯覚の奴隷である。


追記('14年5月15日):
 『XSCAPE』の通常版US盤を買った(デラックス版日本盤を予約済みだったが、待ちきれずに買ってしまった)。ブックレットを見ると、『MICHAEL』の時と同じように全曲分の歌詞が載っている! アーティスト本人に確認が取れない以上、結局のところ、掲載された歌詞は基本的に“そう歌っているように聞こえる”という推測の域を出ないものだろう(歌詞原稿がすべて残っているなら話は別だが)。単語の表記の仕方、改行位置なども含め、絶対的なテキストではあり得ないわけだが、たとえ聞き取りであっても、一応、基準として参照できる“公式”の歌詞が発表されたのはありがたい(レイアウトの都合でやたら改行が多いのが気になるが……)。
 上に掲載した「Slave To The Rhythm」の歌詞は、私がネット上にある複数の聞き取り歌詞を比較・検討した上、実際の歌詞に最も近いと思われる形に整理したものである。『XSCAPE』ブックレットの歌詞とは部分的に異なる箇所があるが、修正の必要はないと判断し、そのままにすることにした。但し、ここに提示した原詞も決して絶対的なものではない、ということをご了承いただきたい。



マイケル・ジャクソン関連記事◆目録



※この記事は、もともと記事番号(URL)378で投稿され、'16年8月1日にfc2によって凍結された記事を、テキストの一部を削除した上、新たなURLで再投稿したものです。詳しくは“お知らせ:凍結記事復刻について”をご覧ください。

| Michael Jackson | 00:00 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT