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fDeluxe @ Billboard Live TOKYO 2016



 ラヴ・デラックスなマックスウェルを観た2週間後、今度はfデラックスを観た。
 
 fデラックスとは……という前書きは書くのが面倒くさいし、読む人も面倒くさいと思うので端折る(どうせプリンス・ファンしか読まないだろうし)。“A tribute to Prince: fDeluxe (formerly known as The Family) featuring former members of Prince & The Revolution, The Time and Madhouse”という公演名は、3年前の“Stuart Matthewman from Sade presents Twin Danger”を余裕で超える長さだ。それくらい言わないと分かってもらえないfデラックス。何にせよ、来日公演が実現して嬉しい。

 プリンスの他界後、キング、チャカ・カーン、ニック・ウェスト(with ジョン・ブラックウェル)、ラリー・グレアム、キャンディス・スプリングス、キャンディ・ダルファー、ジョージ・クリントンなど、彼と縁のあるアーティストの来日公演が目白押しだが、中でもプリンス・ファンにとって最大の注目が、今回のfデラックス初来日公演だろう。他はいずれもプリンスが存命でも来日したはずだが、彼らの来日は、プリンスの死がなければあり得なかったという点でも特別だ。

 公演の10日前、バンドの顔でもあるスザンナ・メルヴォインの出演が“個人的な家庭の事情”により急遽キャンセル、スザンナも色々大変なんだな……と思ったら、全く同時期にミネアポリスでザ・レヴォリューションの同窓会に参加していた、という話は過去記事で書いたので繰り返さない。スザンナのドタキャンによって、ソールドアウトだった公演には若干席の余裕も出たが、彼女の不在などお構いなしに、会場のビルボードライブには多くのパポピ(パーポーピーポー)が詰めかけ、まるで1999年か1985年のような熱いパーティーが繰り広げられたのだった。


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パポピで賑わう開演前の場内

 fデラックスの初来日公演は、'16年9月3〜4日の2日間、ビルボードライブ大阪/東京で1日ずつ、計4公演行われた。私が観たのは、最終公演となる9月4日(日)、東京の2ndショウ。

 観客の年齢層は大体30〜60代くらいで、多いのはやはり圧倒的に40〜50代。'80年代からリアルタイムでずっとプリンスを聴いてきた人たちだ。開演前の客席では、至るところで観客同士の挨拶が交わされていた。みんな顔見知りなのだ。ファンクラブの集いかと思うくらい和気藹々としたムードが漂う場内には、様々なプリンスTシャツに加え、スザンナが作った例の“Starfish & Coffee”Tシャツを着ている人が何人もいた。さすがである。会場で売られていれば私も買おうと思っていたが、ロビーの物販コーナーにはfデラックス関連のCD(とプリンスの国内盤)しか置いてなかった。残念。

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ザ・ファミリー『The Family』(1985)、fデラックス『Gaslight』(2011)

 ご存じの通り、fデラックスの元であるザ・ファミリーは、ザ・タイムの残党にスザンナとエリック・リーズを加えてプリンスがこしらえた即席バンドである。プリンスが全面的に制作を手掛けた彼らの唯一のアルバム『The Family』(1985)──元祖「Nothing Compares 2 U」収録──は、クレア・フィッシャーの起用を含め、プリンスの翌年発表作『Parade』の叩き台にもなった秀作。そのオリジナル・メンバー(ジェローム・ベントンを除く)が再集結し、プリンスの管轄外で“fデラックス”と名前を変えてアルバムを出したのが'11年のことだった。fデラックスの正式メンバーは、セント・ポール・ピーターソン(ヴォーカル/ベース)、スザンナ・メルヴォイン(ヴォーカル)、エリック・リーズ(サックス)、ジェリービーン・ジョンソン(ギター/ドラム)の4人だが、今回の来日公演は、最終的にそこからセント・ポールとエリック・リーズのおっさん2人+サポート・メンバー3人という、お世辞にも“デラックス”とは言い難い5人体制で行われることになった。なにせ、ジャケに一人で大きく写っているメンバーがいない。シャーデー・アデュ抜きのシャーデー、と言うほど致命的ではないが、バーシア抜きのマット・ビアンコくらいの寂しさはある。バーシアも一緒に来ると思っていたら、家庭の事情でマーク・ライリーとダニー・ホワイトしか来ません、みたいな話なのである。

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2人でもやります──セント・ポール・ピーターソン(左)とエリック・リーズ(右)

 定刻きっかりの19時30分に客電が落ちると、まず、サポート・メンバーの3人の男たちが現れた。通常の1階フロア左奥からではなく、ロビーやバーカウンターがある2階から、左側の階段をスポットライトに照らされながら下りてきた。一人は、fデラックスのアルバム制作に関わり、以前からサポート・ギタリストとしてライヴにも参加していたオリヴァー・リーバー(ギター)、もう一人は、ミネアポリス周辺で活動し、キャンディ・ダルファーやアレクサンダー・オニールとも共演歴を持つブライアン・ジエンニアック(キーボード)、そして、あと一人、小柄な謎の黒人。ビルボードライブ公式サイトの来日メンバー情報で最後まで“TBA(未定)”のままだったドラムがこの男だ。唯一の黒人メンバーでもあったこの謎のドラマーの正体は、コンサート終盤のメンバー紹介で明らかになる。

 ギター、キーボード(オルガン)、ドラムの3人によるアップテンポのファンキーな演奏に乗って、セント・ポール、そして、テナー・サックスを抱えたエリック・リーズの2人が同じく階段を下りながら登場すると、場内には大きな歓声が沸いた。セント・ポールはグレーのドレス・シャツに黒ベスト&黒ズボン、エリック・リーズもグレーのドレス・シャツ(裾は出ている)に黒ズボン+黒ハットというお揃いのコーディネート。ベースを抱えてセント・ポールが“トーキョー!”とひとこと挨拶すると、私がいた1階フロアはいきなりほぼ総立ち状態になった。さすがパポピ。これは座って観るショウではない。ずっと続いていた4つ打ちバスドラとカッティング・ギターの前奏からセント・ポールのカウントで始まったのは、『The Family』の冒頭曲だったザ・タイム風の軽快なファンク・ナンバー「High Fashion」!

 オリジナル版よりもややテンポの速い引き締まった演奏は、ライヴ感に溢れて力強い。年を取って昔より声質が太くなったセント・ポールのヴォーカルには、今にも“ヤオ〜ン”と言いそうなファンカーっぽい粘着感が漂う。しばらくクールにシンセを弾いていたエリック・リーズが後半でサックス・ソロを吹き始めると、待ってました!という感じで場内に歓声が沸き起こった。ハードに鳴りすぎないファンキーで軽妙なバップ流儀の演奏、そして品のある艶っぽい音色は、プリンスの数々の名作を彩った往時と全く変わることがない。最高だ。

 矢継ぎ早に始まった2曲目「Sanctified」は、『Gaslight』収録のミッド・テンポのファンク。『Gaslight』は、『The Family』〜『Parade』のドリーム・ポップ感覚を受け継ぎながら、よりストレートにファンク色を出した非常にパワフルなアルバムである。“不思議の国のルーファス”、“ミネアポリス版マザーズ・ファイネスト”、あるいは“ファンキー・フリートウッド・マック”とでも形容したくなるfデラックスの曲は、どれもライヴ映えするものばかりだ。「Sanctified」はスタジオ録音よりも重量感を増した迫力の演奏で、聴き応え十分。元はセント・ポールとスザンナの双頭ヴォーカル曲だが、今回はセント・ポールが一人で歌い、サビ部分にスザンナのバック・ヴォーカル音源を加えることで彼女の不在を補っていた。この曲に限らず、『Gaslight』からのレパートリーでは要所要所でスザンナのヴォーカル音源が使用されていた。

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若かったあの頃──'85年のセント・ポール(左)とオリヴァー・リーバー(右)

 かつてニュー・ロマンティック野郎だったセント・ポールも、今ではすっかり中年のおっさんになっている。禿げているわけでも激太りしているわけでもなく、それなりの美中年にはなっているが、バンドのフロントマンとしてはいささか地味だ(坂上忍と似たような老け方。セント・ポールの恥ずかしい過去はこちら。一方のエリック・リーズは、もともと時代とあまり関係ない立ち位置だったせいか、今でもさほど印象が変わらない。髪はすっかり白くなっているが、ハットを被ってテナーを抱えた細身の立ち姿は、いかにも“ジャズマン”といった風情で実に絵になる。彼は終始ポーカーフェイスで、観客から喝采を浴びても口元で笑顔を作って軽く頷く程度だった。観客に愛想など一切振りまかない。一歩引いた職人らしい謙虚でジェントルな雰囲気は、同じくジャズマンでもあるチャーリー・ワッツ(ローリング・ストーンズ)によく似ていると思った。

 メンバーの中で最も昔と風貌が変わっていたのは、ギターのオリヴァー・リーバーだろう。“リーバー”という名字からも察しがつく通り、彼は(リーバー&ストーラーの)ジェリー・リーバーの息子で、'85年にジェシー・ジョンソンのプロデュースでデビューしたミネアポリス・ファンク・バンド、タ・マラ&ザ・シーンでギターを弾いていた人である('88年の2nd『Blueberry Gossip』でカヴァーされた「Everyday People」は、fデラックスのショウで是非とも取り上げて欲しい一曲)。'80年代末のバンド解散後は、ポーラ・アブドゥル、シーナ・イーストン、コアーズ、アレサ・フランクリン作品などに裏方として関わってきた。タ・マラ&ザ・シーン時代は見るからに80sな長髪&サングラスという風貌でジェシー似の演奏をしていたが、今では当時の面影は跡形もなく、どこにでもいるような単なる短髪のおっさんと化している。バンドの中で最も華があるのが本来サイドマンであるはずのエリック・リーズなのだから、ステージの絵面は相当に地味である。

 コンサートは概ね『The Family』と『Gaslight』の曲を交互に演奏する形で進んだ。マイナー調の哀愁ポップ「River Run Dry(『The Family』の中で最もパッとしない曲)を短く切り上げ、メドレー式になだれ込んだ4曲目は、『Gaslight』収録の粘っこいファンク「@8」。昔のヘタな曲より今の曲の方が断然良い。後半ではブライアン・ジエンニアックのオルガン・ソロをフィーチャー。BZ3という自身のオルガン・トリオを率いているブライアン(セント・ポールからは終始“Brian Z”と呼ばれていた)は、今回のショウでもハモンド・オルガンを中心に弾き、グルーヴィーな小気味よい演奏を聴かせてくれた。

 「@8」の終盤では、セント・ポールが観客に簡単なフレーズを歌わせる場面もあった。しかし、セント・ポールの間があまり良くなく、このコール&レスポンスはかなり予定調和的な感じがした(客さばきが妙に“営業”っぽいと言うか……)。プリンスと比ぶべくもないのは当然としても、セント・ポールにはたった一人で観客やバンドを引っ張るだけの牽引力がない。この人に付いていけば大丈夫、という感じがしないのだ。そもそもこのバンドは、“セント・ポール&ザ・ファミリー”でも“スザンナ&ザ・ファミリー”でもなく、それほどスター性があるわけでもないメンバーたちが互いに個性の弱さを補完し合って初めて十分な魅力を発揮する。この頼りなさや物足りなさは、結局、最後まで払拭されることがなかった。演奏自体は良いし、客の乗りも申し分ないのだが……。

 「@8」が終わったところで、セント・ポールが観客に話し始めた。

「31年前……31年も前のことだ。プリンスが“ザ・ファミリー”というバンドを作った(観客、拍手喝采)。スザンナ・メルヴォインはここに来られなくて残念がってる。彼女は君たちのことを愛してるし、次は来たいと言ってるよ。ジェリービーンも東京の皆によろしくと言ってる。……で、31年前、プリンスがエリック・リーズや僕やスザンナを集めてバンドを作った。僕らはプリンスが書いてくれた曲だけでなく、新しい曲もやってる。何年か前に“fデラックス”として復活したんだ」

 と、彼が経緯を説明していると、最前列の席にいたカリスマ殿下ファンのTunaさん──そのあだ名はプリンス本人がつけた──が『Gaslight』(『The Family』だったかな?)のCDを差し出し、セント・ポールはそれを片手に話を続けた。Tunaさんはザ・ファミリーやfデラックスのCDやLPを色々と持参していて、セント・ポールがMCで言及するたびに該当作品を客席から速やかに手渡すという、まるでADのような働きをしていた。

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エリック・リーズ──スザンナの欠席により観客の期待はこの人に集中した

 続いて披露されたのは、エリック・リーズをフィーチャーした『Gaslight』収録のインスト曲「Leeds Line」。チャーリー・パーカー「Cool Blues」風の軽快なテーマ・メロディを持つジャズ・ファンク。シンコペーションの利いたビートの上を、エリック・リーズの洒脱なテナーが波乗りのように滑走していく。間を活かしたパーカッシヴな“引き算”奏法はメイシオ・パーカーにも似ているが、エリックのサックスは彼よりも音数がずっと多く、スタイルとしてはもっと純粋にビバップ的である。どんなタイプの音楽にも対応するジャジーでファンキーな演奏は、彼のアイドルでもあるデヴィッド・ニューマン(全盛期のレイ・チャールズの右腕だったテナー奏者)に似ているが、泥臭さはなく、とても理知的で洗練された印象を与える。どんなにドライヴしても彼は汗をかかない。生でじっくり聴きながら、彼の演奏が持つクールな黒っぽさ──マイルス・デイヴィスにも通じる──が、プリンスと相性の良かった由縁だろうかと思った。後半ではオリヴァー・リーバーによるロッキッシュなギター・ソロをフィーチャー。この曲に関してはスザンナの不在も関係ない。スタジオ録音より遙かに熱い演奏で沸かせた「Leeds Line」は、個人的に今回のショウの最大のお気に入りナンバーとなった。

 続いて、懐かしいリズムマシンのビートで始まったのは、『The Family』からの1stシングルだった「The Screams Of Passion」。昨今の'80年代R&B再評価の流れにもハマりそうなスムーズなダンス・ナンバーだが('16年3月のディアンジェロ再来日公演で披露された「Feel Like Making Love」をちょっと思い出した)、曲のカラーを決定付けているスザンナのヴォーカルがないため、残念ながらかなり味気なかった。とはいえ、スタジオ録音で叫び声が入る箇所でセント・ポールが観客に叫ばせたり、後半でファンク度を上げるなどして、それなりに盛り上げてくれた。後半のファンク・ジャム部分でエリックは「Cold Sweat」風のリフ(パッ・パ〜ラッ)を吹いていたが、曲の最後は「I Don't Want Nobody To Give Me Nothing」のイントロ(パラッ・パッ・パッ・パッ・パッ、パラッ!)の引用で締め括られた。プリンス譲りのこういう小ネタが嬉しい。

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世界一カッコいい音楽ヴィデオ──プリンス&ザ・レヴォリューション「America」(1985)

 ショウも中盤になったところで、大きな山場が訪れた。リン・ドラムによるお馴染みのアップテンポのビートで始まったのは、なんとプリンス&ザ・レヴォリューション「America」!!!! “これまでプリンスが僕らに書いてくれた曲をやってきたが、今度は僕らがお気に入りのプリンス楽曲をやらせてもらう。「America」だ!”とセント・ポールが曲名を言うのを待たず、イントロのビートを耳にしただけで爆発的に盛り上がるパポピ。激キャッチーなあのギターのイントロに続き、メイン・リフに突入する直前の“PEACE!”で、場内には一斉にピースサインが上がった。

 「America」と言えば、'85年10月27日、音楽ヴィデオの撮影用にフランスのニースで行われた単発ギグのライヴ映像である。fデラックスのカヴァーは、基本的にあの名演を忠実に再現したものだった。あの映像で実際に演奏していたエリック・リーズが、すぐ目の前で同じサックス・リフを吹いている! ファンキーな声色でセント・ポールがフルコーラスを歌った後、エリック、ブライアン・ジエンニアック、オリヴァー・リーバーの順にソロ回し。ブレイクダウンの“The bomb go BOOM!(爆弾ドカン!)”では観客が揃って拳を突き上げる。途中で演奏を中断し、“グッゴー!”で再開というお約束もちゃんと繰り返しある。これで盛り上がらないわけがない。

 面白かったのは、プリンスの別の曲の触りを独自に織り交ぜていた点。ドラムだけのブレイクダウンになったところで、オリヴァー・リーバーがマッドキャット(そう、彼はマッドキャットを弾いていた)で弾き始めたのは、なんと「Batdance」のカッティング・リフ。“Ooh yeah, ooh yeah, I wanna bust that body”のあれである。そう来るか!と唸りつつ、マッドキャットのあまりの鳴りの良さに大興奮していると、今度はエリックがステージ中央のセント・ポール用のマイクに歩み寄り、“Tell me who in this house know about the Quake?(クエイク知ってる奴、このハコにいるか?)”と観客に尋ねた。突然の質問にもかかわらず、そこでとっさに“We do!(いるぞ!)”と答えるのだから、さすがパポピである。このお約束のやりとりに続き、エリックが実際に「Housequake」のリフを吹き始めると、場内は更に沸き立った。“ハウスクエイク”というのは、皆で一斉に1拍目で飛び跳ねて地震のように会場を揺らすダンスのことだが、エリックが「Housequake」のリフを吹いている最中、(バンドのメンバーたちも含め)会場内で実際に飛び跳ねていたのは、最前列のTunaさん一人だけだった。その姿が私の目にはとても眩しく映った。言われる前に飛び跳ねる。言われなくても飛び跳ねる。それが真のプリンス・ファンなのだ(私はそこまで反応できなかった……)。「Batdance」と「Housequake」を挟んだ後、演奏は再び「America」へ。8分以上に及んだこのプリンス・メドレーは、間違いなく今回のショウの最大の盛り上がりどころだった。

 ひとつ細かいことを書くと、私が観た最終公演の「America」では、間奏(2番と3番の間)に登場するあの必殺の高音ギター・ソロがなかった。間奏ではオリジナルと同じようにセント・ポールが“Freedom, Love, Joy, Peace”という掛け声を入れていたが、オリヴァー・リーバーはそこでなぜかソロを弾かなかった。彼はその後、3番が終わってからあのギター・ソロを2度にわたって弾きかけたのだが、その都度、セント・ポールが“Sing it one more time!”と言ってサビを繰り返したり、ブレイクダウンに入る指示を出したりで、結局、彼があの必殺ソロを弾くチャンスは二度とやってこなかった。他の公演を確認しないと断言できないが、恐らく、オリヴァーは間奏でうっかりソロを弾きそびれたのだと思う。慌ててどこかにソロを挿入しようと思ったが、セント・ポールが予定通りに曲を進行させてしまい、結局、弾けずじまいになったのではないか。弾けば絶対に盛り上がったはずなので、これはちょっと残念である。

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本当は4人組のfデラックス。スザンナの不在はやはり痛かった……

 「America」の興奮が覚めやらぬ場内にゆっくりとバスドラが響き、『The Family』の最終曲だった穏やかなスロー「Desire」が始まった。なにせ8曲しかないアルバムなので、どんな曲が来ても盛り上がる。そこからメドレーで繋がったのは、「Desire」と同じコードで書かれた『Gaslight』収録の「Lover」。スザンナ、ウェンディ、リサ、セント・ポールの4人が共作したバラードである。今回のショウの中で、スザンナの不在の影響が最も直接的に感じられたのがこの曲だった。

 スザンナ・メルヴォインという人に対するプリンス・ファンの一般的な評価は、姉のウェンディに較べると遙かに低いと思う。プリンスの恋人だったという以外に特に取り柄のない女性のように思っている人が多いのではないか。実は私もそう思っていたのだが、その印象は『Gaslight』を聴いて覆った。『The Family』でセント・ポールと一緒にジャケットに大きく写っているスザンナだが、そこで彼女は基本的にバック・ヴォーカルを添えているに過ぎない。ザ・ファミリーにおける彼女の役割は限りなくヴィジュアル要員に近いものだったが、『Gaslight』は違う。共作ながら曲もたくさん書いている上、リード・ヴォーカルの割合はセント・ポールと半々になり、そして、その歌唱がどれも素晴らしいのである。ウェンディのようにドリーミーな歌声を聴かせる一方、彼女は“ファンキー・ディーヴァ”と言っていいくらい豪快に歌うこともできる。実はめちゃめちゃ歌える人なのだ。歌手としての素質はウェンディ以上かもしれない。ダテに一人でジャケに写っているわけではないのだ。

 スザンナ不在の今回のショウで、fデラックス楽曲は必然的にセント・ポールのリード・ヴォーカル曲、あるいは、スザンナとのツイン・ヴォーカル曲に限られたが、「Lover」はスザンナの曲である。ポップなサウンドのスタジオ録音も良いが、この曲はライヴ版がとにかく素晴らしい。しっとりとしたピアノの伴奏に乗ったスザンナの歌声が実にしなやかで、まるで往年のソウル・バラードのような趣を呈している。今回はそれをセント・ポールが代わりに歌った。ハイピッチで聴き手を鋭く刺すサビは1オクターブ下げた歌唱で、残念ながら曲の魅力は激減していた。「Lover」は『Gaslight』の個人的なお気に入り曲だったので、取り上げてくれたのは嬉しかったが、これはやはりスザンナの歌唱で聴きたかった(また、2週間前のマックスウェルのショウを観てもつくづく思ったことだが、バンド内に女性がいると、それだけでステージが一気に華やぐ。いくらオバさんになったとはいえ、紅一点のスザンナの不在はどう考えても痛かった)

 歌は残念だったが、ワンコーラスの短縮版で切り上げて突入した「Lover」後半のエリック・リーズのソロ・パートは文句なし。彼の叙情的なテナー演奏は、まるで黄昏から徐々に蒼色に染まっていく都会の空を思わせ、観客をうっとりと聴き入らせた。エリックのこのソロには会場中から大きな喝采が送られた。

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謎の助っ人ドラマーはこの人だった

 「Lover」の後、ショウを一旦締め括ったのは、『Gaslight』の冒頭を飾っていた豪快なファンク・ロック・ナンバー「Drummers And Healers」。fデラックスがライヴ・バンドであることを改めて強く印象づける快演。後半ではソロ回しを兼ねて、一人ずつメンバー紹介も行われた。

 謎だった黒人ドラマーは、ドラム・ソロの際にセント・ポールによってはっきりと名前が呼ばれた。彼の正体は、近年、ミント・コンディションのツアーやサウンズ・オブ・ブラックネスで叩いている(ロバート・)ブランドン・コモドアだった。fデラックスの布石にもなったミネアポリス・ファンク同盟、ザ・トゥルースのライヴ盤『The Truth - Live』(2008)には、ミント・コンディションのホーマー・オデルが参加していた。ミント・コンディションの最近作『Music @ The Speed Of Life』(2012)にはエリック・リーズが手を貸しているし、エリックとセント・ポールの2人がここ数年やっている即興ジャズ・ファンク・ユニット、LPミュージック('15年9月6日に行われたディアンジェロ&ザ・ヴァンガードのファースト・アヴェニュー公演の前座は彼ら+クエストラヴだった)では、時によってストークリー・ウィリアムズがドラムを叩いていたりもする。この辺りのミネアポリス界隈のミュージシャンは、全員ほとんど知り合いなのかもしれない。

 今回の公演中、ブランドン・コモドアは終始無表情でドラムを叩いていた。自分に求められている演奏を的確に淡々とこなす様子は、いかにも雇われドラマーという感じだったが、彼が相当の腕利きであることは、ブレのないビートや、腰の据わった手堅いドラム・ソロからも窺い知ることができた。サイドマンとして活躍する一方、ブランドンは地元ミネアポリスで、ずばり#MPLSという名のファンク・バンドを率いてもいる。私は彼の存在を知らなかったので、これはちょっとした収穫だった。

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プリンスがいなくなって“13日と7時間”後に公開された新録版「Nothing Compares 2 U」

 「Drummers And Healers」の終了後、メンバーたちは一度ステージを下りかけたが、観客の大歓声を受けて(あるいは、楽屋に戻るのが面倒くさかったのか)途中で引き返し、その場ですぐにアンコールが行われることになった。通常の他の公演と同様、アンコールではステージ後方のカーテンが開かれた。ガラス張りの壁一面に広がる東京の夜景をバックに、セント・ポールがしばし一人で静かなベース・ソロを披露した後、おもむろに歌い出したのは、誰もが待っていたアンセム「Nothing Compares 2 U」。“あなたに代わるものはない”と歌われるこの失恋バラードは、プリンスの他界後、マドンナやマックスウェルらによって次々と歌われ、作者本人に対する追悼歌として新たな意味を持つことになった。“あなたの愛が消え去って13日と7時間”という冒頭の歌詞('90年のシニード・オコナー版では“15日と7時間”)に倣い、プリンスの死が確認された'16年4月21日午前10時7分から13日と7時間後の5月4日には、fデラックスによる新録版の映像(5月1日収録。スザンナのヴォーカルは別スタジオでオーバーダブ)も公開された。

 プリンス・ファンの中にはザ・ファミリー版の方を好む人もいるかと思うが、私自身はこの曲を有名にしたシニード・オコナーによるカヴァー版の方を高く買う。ザ・ファミリーのオリジナル版やプリンスの自演版も良いが、シニードはこの歌を、単なる失恋の歌を超えた別次元に持っていってしまっている。情緒不安定な彼女の歌唱には、自分の人生の多くを占めていたかけがえのない誰か──恋人に限定されない──を失った者の絶望的な悲哀、混乱、自暴自棄な情動が赤裸々に表れていて、より多くの人の共感を呼び起こす普遍性がある。シニード版とザ・ファミリー版の間には、例えば、アレサ・フランクリンの「I Say A Little Prayer」と、オリジナルのディオンヌ・ワーウィック版くらいの差があるように私には感じられる。まるで歌と心中するようなシニードの歌唱と、それを最大限に引き立てる屋敷豪太の静謐なトラックは、どう聴いてもオリジナルのザ・ファミリー版を凌駕している(プリンスの死後、シニードは彼とアーセニオ・ホールをフェイスブックの投稿で中傷し、ホールから名誉毀損で訴えられる騒ぎを起こした。彼女は間違いなく世界中のプリンス・ファンを敵に回したが、それでも彼女のカヴァー版が優れていることに変わりはない。そうした問題を引き起こす彼女の精神的な不安定さや、時に病的な印象すら与える思い込みの激しさが、「Nothing Compares 2 U」では芸術的に上手く機能している)

 オリジナル歌手のセント・ポールと作者のプリンスは、シニード版をあまり気に入っていないようだ。'13年のインタヴューで“シニード・オコナーのカヴァーをどう思ったか?”と訊かれて、セント・ポールはこう答えている。

「最初は嫌いだった。気に入らなかったよ。あれは僕の歌だった。実際には僕の歌じゃないにしても、自分の持ち歌だとは思ってた。やり方が気に入らなくてね。彼女は現代風にしてしまった。それについてはプリンスとも意見が合うんだ。数ヶ月前にも2人で話したんだけどね。“あのカヴァー、いいと思ったかい?”と彼から訊かれて、“いいや。でも、お金が入って良かったね”と言ったら、“金のことはどうでもいい”だって。“おいおい、あれで儲かったくせに!”って感じだったけど(笑)。あれは僕のお気に入りで、とても強烈な曲だった。ああやって日の目を見て然るべきだったのさ。多分、僕の最愛のプリンス楽曲のひとつだね。とてもよく書かれていて、詩情がある」(5 May 2013, Rockerzine.com)

 ベースの弾き語りで始まったアンコールの「Nothing Compares 2 U」では、静かにプリンスを追悼するように、あるいは、スザンナの不在を埋めるように、ヴァース部分の“Oh, oh, oh, oh...”というオブリガートで自然と観客の合唱が起きた。セント・ポールの歌唱はこれまで以上にソウルフルで、オリジナル歌手の意地を感じさせる大変に素晴らしいものだった。エリック・リーズによる泣きのサックス・ソロも熱が入っている。プリンスが存命だった頃のfデラックスのショウで、「Nothing Compares 2 U」はセットリストの中盤に組み込まれていたが、今回はさすがにアンコールに持ってこられ、予想通り、最大のハイライト・ナンバーのひとつになった。

 しみじみとした追悼ムードの後、ギターの鋭いカッティングで始まったのは、『The Family』収録、プリンス自身も'86年ツアーでやっていた「Controversy」似のファンク「Mutiny」。途中で「It's Gonna Be A Beautiful Night」の触りが挿入され、会場は“Oh wee oh, oh oh”の合唱で大いに盛り上がった。また、“みんな、カメラを出せ!”というセント・ポールの呼びかけで、公演中の撮影は禁じられているはずのビルボードライブの場内が、一時、スマホでの撮影大会になる場面もあった。

 9分にも及ぶ「Mutiny」のファンク大会 including 撮影大会が終わると、メンバー全員がステージ中央に並んで挨拶。fデラックスの初来日公演は大盛り上がりのうちに終了した。終演は20時53分。83分の熱演だった。

 尚、この日は2ndショウが早い時間帯に行われたため、終演後にはサイン会もあった。私は一応『Gaslight』のCDを持参していたのだが、何となくサインをもらう気にならず(と言うか、メンバーたちにあまり言いたいことがなかった)、そのまますぐに帰ってしまった。確かに良いショウだった。ミネアポリス・ファンクの層の厚さのようなものも漠然と感じることができた。すごく盛り上がったし、ずっと踊っていて楽しかったのだが、公演終了後の私は複雑な気分だった。色々な曲が聴けて感激はしたが……正直、感動まではしなかった。

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会場で売られていたfデラックス関連CD(左)、PA用セットリスト(右/拡大可)──通常、PAスタッフはアーティストが連れてくるが、fデラックスの場合は現地調達の日本人だった。セットリストには各曲の大まかな特徴(テンポ、ソリスト名、バック・ヴォーカル音源の有無)が記載され、余白には、日本人スタッフによってメンバーのステージ配置図も書き添えられていた。尚、「The Screams Of Passion」は、この指示書では“バック・ヴォーカル音源あり”となっているが、実際には音は出ていなかった

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fデラックスの布石となったミネアポリス・ファンク同盟のライヴ盤──ザ・ミネアポリス・オールスターズ『Live At The Quest』(1998)、ザ・トゥルース『The Truth - Live』(2008)

 ポップ・ミュージックも歴史を重ねるにつれ、様々な形でレトロスペクティヴが溢れるようになった。あの手この手でパッケージを変えた過去音源の再発は言うに及ばず、近年は、過去の人気アーティストや名作に対するトリビュート・コンサート(別人による再現ショウ、アーティスト本人による名盤全曲演奏など)も盛んに行われている。私はその手のコンサートに興味がなく、いくら好きなアーティストでも、新譜を伴わない公演には基本的に出掛けないことにしている。たとえセットリストが“新曲1割、旧曲9割”だったとしても、アーティストには“新譜”という形で現在の姿勢を明確に示してもらいたいと思う。仮に今、スティーヴィー・ワンダーが『Songs In The Key Of Life』の全曲演奏コンサートをやりに来日したとしても、私は観に行かないだろう(いや、行くかもしれない)

 ミネアポリスの新旧ファンカーが集まってプリンス関連の旧曲を中心に演奏するコンサート企画から発展したザ・ファミリーの再結成=fデラックスも、基本的にはそうした流れの中にある。きちんと新譜を作り、'85年のプリンス・サウンドを自分たちの力で更新している彼らは、過去の遺産だけで食いつないでいる凡百のロートル・ミュージシャンたちに較べれば、よほど前向きだと思う。彼らはパープル・ミュージックの由緒正しき継承者である。今回のfデラックス来日公演は、しかしながら、“プリンス追悼”を名目とした時点で、または、プリンスの他界から約4ヶ月後というタイミングゆえに、彼らの持つ懐古的な面が強く出ざるを得ないものだった。バンドの成長をはっきりと示すスザンナのヴォーカルが欠けていたことも大きい。観客の多くはfデラックスではなく、明らかに“プリンス”を聴きに来ていたし、彼らもまたその期待に応えようとした。演奏された全12曲中、観客が最も盛り上がったのが「America」だったという点に、今回の公演の性格がよく表れていると思う。もしプリンスの存命中に普通にfデラックスの来日公演が行われていたら、そして、スザンナがfデラックスの曲をたくさん歌ってくれていたら、多分、私はもっと素直に楽しめただろうし、感銘も受けたと思う。会場で購入したfデラックスのライヴ盤『Live & Tight As A Funk Friends' Fix』(2014)を帰宅後に聴きながら、改めてそのように感じた。

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ビラルも参加したザ・レヴォリューションの再結成コンサート@ファースト・アヴェニュー('16年9月1〜3日)。アンコール「Baby I'm Star」(写真)ではスザンナやアポロニアも登場した

 今回のfデラックス公演と同時期にミネアポリスで行われたザ・レヴォリューションの再結成コンサートの様子をYouTubeで観てもつくづく思うのだが、プリンスがいないプリンスのバンドは空しい。ウェンディ、リサ、ドクター・フィンク、ブラウンマーク、ボビー・Z……彼らはいずれも優れたミュージシャンであり、今でも往年と同じようにプリンスの名曲を演奏することができる。みんな皺はできたし、体型もちょっと変わったが、腕は落ちていないし、もしかすると演奏能力は昔より上がっているかもしれない。しかし、彼らにはリーダーがいない。彼らの音は一体どこへ向かおうとしているのか。プリンスの音を再現すればするほど、彼の不在ばかりが浮き彫りになる。

 この世には無数の優れたミュージシャンがいる。しかし、彼らから最高の演奏を引き出し、その音を束ね、音楽的、または思想的な大きなヴィジョンを持って、進めべき方向をはっきりと指し示せる人間はそう多くない。プリンスはまさにそういう人物だった。

 プリンスとの仕事について、エリック・リーズがこんなことを言っている。

「彼の音楽への私の演奏のあてがい方は面白いものでね。時に、彼は私の潜在能力を呼び覚まし、普段、自分だったら考えもしないような演奏を引き出すんだ。おかげでミュージシャンとしてのボキャブラリーが増えたよ。いつか彼に言われたことがある。“いいかい、この曲では自分の知ってるやり方で吹いてほしくない。今日、生まれて初めてサックスという楽器を手にしたつもりでこの曲に取り組んでくれ”。“25年も腕を磨いてきたってのにか!”と最初は思った。でも、こう思ったよ。これはマイルス・デイヴィスがハービー・ハンコックやウェイン・ショーター、トニー(・ウィリアムズ)やロン・カーターに言ってたことと同じだって。曰く“俺はお前らをステージで練習させるために雇った。知った演奏はするな。知らない演奏をしろ”」(TheLastMiles.com)

 アンコールの「Nothing Compares 2 U」。間奏のサックス・ソロまで出番がないエリック・リーズは、観客と他のメンバーたちが一体となってプリンスを追悼している間、ステージ左奥の目立たない場所にポツンと一人、観客側に背を向けて座り込み、巨大なガラス窓に広がる東京の夜景をじっと眺めていた。会場内でまるで彼だけが祭の外にいるようだった。観客たちは皆、ステージ中央で歌うセント・ポールを見ていたが、私はステージ奥の隅っこに座っているエリックの後ろ姿が気になって仕方なかった。その時、東京の夜景を眺めながら彼が何を考えていたのかは分からない。それはプリンスのことかもしれないし、公演が終わった後に食べる晩飯のことだったかもしれないが、私には彼のその姿が、プリンスの他界後、道標を失った多くのミュージシャン、あるいは、行き場をなくした無数の“音魂”を象徴しているように思われた。まるで歌を忘れた鳥のように、演奏せず、ただ楽器を抱えて座り込んでいるエリック・リーズの寂しげな背中が、公演後、いつまでも頭から離れなかった。

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01. High Fashion
02. Sanctified
03. River Run Dry
04. @8
05. Leeds Line
06. The Screams Of Passion
07. America incl. Batdance - Housequake
08. Desire
09. Lover
10. Drummers And Healers
-encore-
11. Nothing Compares 2 U
12. Mutiny incl. It's Gonna Be A Beautiful Night

Billboard Live Tokyo, September 4, 2016 (2nd show)
Personnel: St Paul Peterson (vocals, bass), Eric Leeds (tenor sax, keyboards, tambourine), Oliver Leiber (guitar), Brian Ziemniak (keyboards), Brandon Commodore (drums)

fDeluxe: Japan Tour 2016
September 3 - Billboard Live Osaka (2 shows)
September 4 - Billboard Live Tokyo (2 shows)



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