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Ms. Lauryn Hill──黒人の怒り



 先月の来日公演が凄まじかったローリン・ヒル。ここでひとつ「Black Rage」という近年の彼女の作品を取り上げることにしたい。

 “黒人の怒り(激昂)”という物々しいタイトルのこの曲は、'12年秋、ナズとローリン・ヒルが合同で北米を廻った〈Life Is Good/Black Rage〉ツアー初日のダラス公演('12年10月29日)で初めて披露され、以後、彼女のコンサートで'14年頃まで歌われていたスタジオ録音未発表の新曲である。“新曲”と言っても、楽曲自体は新しいものではない。「Black Rage」は、ジュリー・アンドリュース主演の映画版で有名なブロードウェイ・ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』(1959)の挿入歌「My Favorite Things(作詞:オスカー・ハマースタイン二世/作曲:リチャード・ロジャーズ)──'61年のジョン・コルトレーン版や、JR東海のCMでもお馴染み──に、ローリンが独自の歌詞をつけた換骨奪胎作品、早い話が、その替え歌なのである。

 『サウンド・オブ・ミュージック』では、主人公の女性家庭教師マリアが、雷を怖がる子供たちを勇気づけるため、自分の好きなものを列挙し、“辛いことがあったとき、私は自分のお気に入りを思い浮かべる、そうすればへっちゃらよ”と歌う。ローリンは、部分的に元の歌詞を流用しながら、「My Favorite Things」を、差別、貧困、不当な暴力などに喘ぐアメリカの黒人たちへのメッセージ・ソングに変えた。「Black Rage」は、タイトル通り、怒りの歌ではある。が、怒りを煽るのではなく、自分たち黒人の怒りの発端となっている事柄を列挙し、客観的に状況を見つめることで、理性的で毅然とした行動を促すような歌になっているのが素晴らしいと思う。

 以下、ローリンの公式サイトで発表された歌詞をもとに、「Black Rage」を和訳する。


Black_Rage2.jpg

 黒人の怒りは心の2/3から沸き起こる
 強姦 暴行 苦痛は酷くなる
 紐で結わえられた黒人の包み
 黒人の怒りはこうしたことから生じる
 黒人の怒りは頭ごなしの否定から沸き起こる
 経済的搾取 困窮した生活
 耐え難い沈黙 社会的規制
 黒人の怒りは傷だらけの心から沸き起こる!
 
 犬たちに襲われたとき
 暴行を受けたとき
 悲しい気分になったとき
 こうしたことを思い浮かべるの そうすれば恐くなんかない!
 
 黒人の怒りは我々を貶めた者たちから沸き起こる
 欺瞞と迫害 一方で我々はさんざん待った
 募る反逆心 檻を囲むこの格子
 黒人の怒りはこうしたことから沸き起こる
 黒人の怒りは尽きせぬ剥奪から沸き起こる
 自由を脅かして文句を言わせなくする
 人の飲み水に毒を盛って雨のせいにする
 文句を言うなんて狂ってると言う
 若者を抑えつける旧時代の官僚主義
 黒人の怒りは真実の隠蔽から沸き起こる!
 殺人に犯罪 妥協と歪曲
 犠牲 犠牲あってのこの繁栄?
 発展と偽称される拝金主義
 歪みきった人間社会
 黒人の怒りはこうしたことから沸き起こる
 
 犬たちに襲われたとき
 限界に来たとき
 ぶち切れそうになったとき
 こうしたことを思い浮かべるの そうすれば恐くなんかない!
 
 自由企業は空事か まやかしか?
 人を意図的な混乱に陥れる
 黒人奴隷売買か 輸血か?
 黒人の怒りはこうしたことから沸き起こる
 精神的/肉体的暴力の犠牲者たち
 不信心な生き方こそ不合理な人生
 政治 政治
 富と偽称される拝金主義
 黒人の怒りは自己否定から沸き起こる!
 貧困生活に縛られた黒人がずらり
 彼らの存在を正当化したければ
 するがいい でもこの魂は渡さない
 黒人の怒りは冒涜的支配から生まれる!
 
 犬たちに襲われたとき
 暴行を受けたとき
 悲しい気分になったとき
 こうしたことを思い浮かべるの そうすれば恐くなんかない!
 
 
 “紐で結わえられた黒人の包み(Black human packages tied up in strings)”というフレーズがいきなり強烈だ(元の歌詞は“紐で結わえた茶色い小包(Brown paper packages tied up with strings)”)。布にくるまれた黒人の死体のことだ。恐らくリンチによって殺されたのだろう。“包み(packages)”は複数形なので、それがゴロゴロ転がっている。また、元の歌詞で“犬に噛まれたとき(When the dog bites)”だったサビは、“犬たちに噛まれたとき(When the dogs bite)”に変えられている。“犬たち”は、この文脈ではメタファーになり得る。一匹の犬に噛まれるのではなく、“犬”の群れに襲われているのである。こんな「My Favorite Things」は嫌だ。

 これは実にニーナ・シモン的な作品だと思う。ニーナもよくスタンダード曲や流行歌を独自の文脈で歌って自分のオリジナル作品のように変えた。「Black Rage」で特に思い出されるのは、'63年にミシシッピ州で起きた公民権運動家メドガー・エヴァーズの暗殺事件、および、黒人少女4人が犠牲になったアラバマ州の教会爆破事件に抗議したニーナの代表曲「Mississippi Goddam」(1964)である。陽気なメロディに乗って人種差別を激しく糾弾する、架空のミュージカル劇の挿入歌という設定で書かれたニーナのオリジナル作品。「Black Rage」のドス黒いパロディ感覚は、これによく似ている。ローリンが“現代版ニーナ・シモン”を目指していることがよく分かる作品だ。

 「Black Rage」は、〈Life Is Good/Black Rage〉ツアーに伴い、'12年11月6日にローリンの公式サイトで歌詞のみが発表された(上掲の歌詞画像がそれ)。また、'14年8月20日には、同月9日にミズーリ州ファーガソンで起きたマイケル・ブラウン射殺事件を受けて、自宅のリビングで録音したという簡易的なデモ録音がSoundCloudで公開されている。

 残念ながら先月の来日公演で「Black Rage」は披露されなかったが、コンサート冒頭にあったバンドのジャム演奏では、テナー・サックス奏者が自分のソロの中にしっかり「My Favorite Things」のメロディを織り込んでいた。2ndアルバムのタイトルは、ずばり『Black Rage』でもいいかもしれない。ライヴ録音でも構わないので、いずれ是非、きちんとした形で発表してもらいたい曲だ。


Black Rage [sketch]
('14年8月20日にSoundCloudで公開された素描的なデモ録音。アコギ、ビート、変なベース音のみのフォーキーなアレンジ。生々しいローファイ感が良い。歌唱は上掲の歌詞と一部異なる)
Black Rage [live at the Tabernacle, Atlanta, November 2, 2012]
('12年11月のオーディエンス撮りライヴ映像。ボードビル風のジャンクなジャズ・アレンジ。強烈! 演奏終了後、ローリンが観客に向かって改めて歌詞を朗読している)
Black Rage [live at the Tabernacle, Atlanta, February 17, 2014]
('14年2月、同じくアトランタでのオーディエンス撮りライヴ映像。今度はアフロ・フューチャリスティックなアレンジ。個人的には'12年版の方が皮肉が利いていて面白いと思う)




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