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Benjamin Clementine──さらば



 ベンジャミン・クレメンタインの「Adios」。自身の弾くピアノと、ヴァイオリン&チェロの室内弦楽をバックに歌われるアップテンポのワルツ曲。マイナー調のブルース進行はスクリーミン・ジェイ・ホーキンス的だが、シャンソン風の端正な歌い口は、スクリーミン・ジェイと同時にスコット・ウォーカーを思わせたりもする。

 「Adios」を聴いて誰もが驚くのは、途中で曲が中断され、聴き手に向けたベンジャミンの喋りに続いて、全くの別曲が挿入される型破りな曲構成だろう。大胆不敵な演劇的表現や、そこで聴かれるオペラ歌唱には、ジェイク・サックレイやレオ・フェレといった英仏シャンソン歌手に加え、マリア・カラスやルチアーノ・パヴァロッティまでも影響源として挙げる彼のユニークな個性がよく表れている。2nd EP『Glorious You』(2014)で発表されたこの曲は、後にデビュー・アルバム『At Least For Now』(2015)に再録音版が収録された。シングル曲ではないが、彼の個性を強烈に印象づける決定的な代表曲のひとつである。

 臆病な自分に別れを告げる内省的な歌詞は、『Glorious You』で共に発表された「Condolence」と似ている。また、一心に夢を追いかける自分を描いている点は、デビューEP『Cornerstone』(2013)収録曲で、同じく『At Least For Now』で再録音された「London」に通じる。“Adios”とは、言い換えれば“Don't look back(振り向くな)”である。ベンジャミンの歌には若者特有の自己にまつわる苦悩や闘争を描いた自叙伝的なものが多いが、豊かなイメージを喚起する瑞々しい言葉には、世代を超えて人を魅了する純粋な美しさがある。'14年の秋、「Condolence」のヴィデオを視聴して衝撃を受けた後、私はこの曲を聴いて完全に打ちのめされた。




 Adios
 (Benjamin Sainte Clementine)
 
 Adios
 Adios
 Adios to your afternoon
 Tonight I will be forever
 Following the colosseum moon
 Into a certain room
 
 さらば
 さらば
 さらば 君の午後よ
 今夜 僕は永遠に
 コロシアムの月を追いかけ
 とある部屋へ消えてゆく
 
 Adios
 Adios
 I am sorry for quickly jumping into the train
 I waited but no one came
 You're just too late
 
 さらば
 さらば
 いきなり汽車に飛び乗ってすまない
 待ったが誰も来なかったんでね
 君は少しばかり遅かった
 
 The decision is mine
 The decision is mine
 So let the lesson be mine
 Let the lesson be mine
 The decision is mine
 The decision is mine
 Cause the vision is mine
 The vision is mine
 
 自分で決める
 自分で決める
 ツケは払うとも
 ツケは払うとも
 自分で決める
 自分で決める
 自分の夢だから
 自分の夢だから
 
 Adios
 Yes, goodbye, adios
 Adios to the little child in me
 Who kept on blaming everyone else
 Instead facing his own defeat in Edmonton
 After All, I should have no regret
 If it wasn't for the mistakes I made yesterday?
 Where would I be by now?
 
 さらば
 サヨナラ おさらばだ
 僕の中の幼い子供にさらば
 人のせいにばかりして 自分の挫折に
 向き合おうとしなかったエドモントンの小僧
 結局 後悔などすべきでない
 過去に犯した幾多の過ちがなければ
 今頃どうなっていたか?
 
 The decision was mine
 The decision was mine
 So let the lesson be mine
 Let the lesson be mine
 The decision was hard
 The decision was hard
 Cause the vision is mine
 The vision is mine
 
 自分で決めた
 自分で決めた
 ツケは払うとも
 ツケは払うとも
 悩んで決めた
 悩んで決めた
 自分の夢だから
 自分の夢だから
 
 [Talk about angels]
 
 Lest the trees cease breathing
 Lest all the bees cease breeding
 And all the salts in the dead sea ferment to honey
 
 木々の息吹がやまぬよう
 蜜蜂たちが子を産まなくなり
 死海の塩が蜂蜜へと変わらぬよう
 
 Until then, I will be forever
 Chasing it all till the very end
 
 その時まで 僕は永遠に
 最後の最後まで追いかけよう
 
 The decision is mine
 So let the lesson be mine
 Cause the vision is mine
 The decision is mine
 So let the lesson be mine
 Cause the vision is mine
 
 自分で決める
 ツケは払う
 自分の夢だから
 自分で決める
 ツケは払う
 自分の夢だから


 EP『Glorious You』収録のオリジナル版「Adios」と、アルバム『At Least For Now』収録の再録音版「Adios」は、アレンジこそほぼ同じだが、歌詞に部分的な相違がある。再録音版では所々で言い回しが微妙に違っていたり、“エドモントン”という自分の出身地名を入れることで自叙伝的な傾向が更に強まっている。上掲の原詩と拙訳は、本人の望む形により近いと思われる再録音版に基づく(但し、埋め込みの音声動画は『Glorious You』のオリジナル版)

 曲は途中で中断され、全くの無伴奏でベンジャミンがボソボソと喋り始める。しっかり決められた台詞を喋るのではなく、日常会話のようなごく自然な調子で聴き手に向かって語りかける。そこで彼は、自分がときたま遭遇する“天使”について話す。この語り部分(アルバム・ブックレットの歌詞には不掲載)もオリジナル版と再録音版で内容がちょっと異なる。小声でボソボソ喋っているので聞き取りにくいが、それぞれ分かる範囲で訳しておくと、以下のような感じである。

天使についての話──『Glorious You』版
「色んな人が僕に向かってこう言う。“ベンジャミン、なんでまた……君は若いのに、作風がすごく暗いね。まるで何かに取り憑かれたみたいだ”。おかしなことに、考えごとをしながら歩いていると、僕は思いがけなく天使たちに出会う。彼らは僕に向かってとても美しく歌いかける。どんなメロディかと言うと……それはこんな感じなんだ……(You know, a lot of people have been coming up to me, talking about how... you know, "Benjamin, why is that so... you know, you're young yet your art seems very dark, you seem to be almost possessed." That's funny, because while I'm on my journey, you know, figuring things out, I do come across surprisingly angles. They come to me and sing to me so beautifully. If I can recall clearly, the melodies, it goes... it goes something like this...)

天使についての話──『At Least For Now』版
「荷物を持って路地を歩いたり、いつもの電車に乗ってると、天使たちが通り過ぎる。この前も、現れたと思ったら消えてしまった。天使のことはよく知らないが、この世には時として理解を超えたことがあるもんだ。ともかく、彼らは僕に向かってとても美しく歌いかける。どんなメロディかと言うと、それは……ちょっと聴いてほしい、それはこんな感じなんだ……(Yes, I've taken my bags and I'm going down service street, taking a train I know very well, and angels, they come in and go. You know, last time when I met an angel, but then, you know, she left, and I don't know things about angels anyway, you know, sometimes you think that you know more than you know, but you actually don't understand. Anyways when they come to me, they sing to me so beautifully. If I can recall their melodies, it goes... excuse me to take your time, but it goes something, something like this...)

 この喋りに続いて、彼が聞いたという“天使の歌”がピアノ伴奏と共に披露される。オペラのアリアを思わせる叙情的な旋律と、美しいファルセットの歌声は、確かにこの世のものとは思われない優美さを湛えている。話としてただ語るだけでなく、実際に“天使の歌”を実演してしまうところが凄い。しばし脱線した後、曲は再び元の「Adios」へ戻る。この夢と現実の対比が強烈だ。彼にしか聞こえない“天使の歌”を耳にすることで、聴き手は彼の“夢(vision)”を共有する。それがこの夢追い歌を一層、瑞々しいものにしている。闘争と同時にロマンを感じさせる“コロシアムの月”という比喩も美しい。

 この歌のベンジャミンには、天使だけでなく、明らかにニーナ・シモンとスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの魂が憑依している。再録音版に顕著だが、サビの“The decision was hard”と“The vision is mine”では、両者の特徴的な声色が入れ替わり登場する。まるでニーナとスクリーミン・ジェイの首をあわせ持つ双頭の竜のようだ。まさしくヴードゥーの子。“化け物”という最大級の賛辞を贈りたい。

BC_Adios2.jpg



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