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マイケルの最強ショート・フィルム10選【第8位】

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 マイケル・ジャクソン追悼特別企画、独断と偏見で選ぶ“マイケルの最強ショート・フィルム10選(Top 10 Badass MJ Short Films)”。世間一般の評価とはあまり関係なく、単純にマイケルがヤバかっこいいヴィデオを10本選んで語ることで彼を偲ぶ連載エントリー。バッドでデンジャラスでインヴィンシブルな天才パフォーマー、マイケル・ジャクソンの魅力をより多くの人々に知ってもらえれば幸いだ。

 第8位は、この問題作!


#8
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BLACK OR WHITE (1991)
Directed: John Landis

 『DANGEROUS』からの第一弾シングル('91年10月11日発売)。カラー・ブラインドをテーマにした後期の代表作。方向性としては、人類の共生を謳ったジャクソンズ「Can You Feel It」(1980)を、更にロック色を強めてソリッドにした感じ。苛立ちを隠さない直截な歌詞やサウンド、ますます黒人離れが進むマイケル自身のルックスが異様な緊張感を生む。平和的なメッセージ・ソングと思ったら大間違い。“人類皆兄弟”ではなく、“白でも黒でも関係ねえ! 文句あっか!”。これは、自分の存在を賭けたマイケル個人の闘争の歌として聴くのが正しい。約50億人を相手にした、あまりにも孤独でタフな闘いである。
 肌の色が白くなったことに対する弁解のようにも取れるが、このヴィデオの前ではそんなツッコミは無用である。ここで目撃されるのは、黒人でも白人でもない、“マイケル・ジャクソン”という一人の特異な新人類であり、我々はただその超越的イメージに圧倒されるばかりだ。50億人をぶっ飛ばす男、それがマイケル・ジャクソンである。


UNITED COLORS OF MJ──人種を超えるマイケル

 監督は、かつて「Thriller」を手掛けたジョン・ランディス。製作費150万ドル。11分に及ぶヴィデオは、「Thriller」のようにひとつの明確なストーリーを持つものではなく、様々なイメージが詰め込まれた幕の内弁当のような内容になっている。ランディスはさほど自分の作家性は出さず、ここではプロらしくマイケルのヴィジョンをスマートに映像化している。「Thriller」の二番煎じを狙わなかったのも賢明。ヴィデオは'91年10月14日にテレビで初公開され、大きな反響を呼んだ。

ランディス「〈Thriller〉ではマイケルから脚本、製作、監督を任された。彼も常に協力してくれて、素晴らしかった。〈Black Or White〉では、むしろ僕がマイケルの方に協力した感じだね。彼のヴィジョンを実現するために僕は雇われた。かなり無茶なところもあるヴィジョンでね。違うパターンだったけど、とても楽しかったよ」(29 June 2009, Larry King Live)

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トゥイステッド・シスター「We're Not Gonna Take It」(1984)

 スラッシュがギターを弾くハード・ロックのインスト導入部では、当時『ホーム・アローン』(1990)で人気の子役、マコーレー・カルキンをフィーチャーした寸劇が繰り広げられる。小学生の少年(カルキン)が夜更けに自室で大音量でステレオを鳴らし、父親に叱られる。少年がギターを爆音でかき鳴らすと、父親はソファに座ったまま家の屋根を突き破り、一気にアフリカまで吹っ飛ぶ。
 このあたりのコメディ感覚はいかにもランディス的だが、これは実はトゥイステッド・シスターのヴィデオ「We're Not Gonna Take It」(1984)のパロディである。「We're Not Gonna Take It」でも同じように、ロックに夢中な少年が自室で父親に罵られ、少年がギターを弾くと、その衝撃で父親が窓を突き破って家の外へ吹っ飛ぶ。彼らは続くシングル「I Wanna Rock」でこれの学校版(今度は教師が吹っ飛ぶ)を作っていて、そちらもバカバカしくて大変良い。

 続けて曲の本編が始まると、マイケルが世界中の様々な民族──アフリカの部族、インドネシア人、インディアン、インド人、ロシア人──と歌い踊る様子が、矢継ぎ早に場面を変えながら描かれていく(ヴィンセント・パターソンが各民族の特色を生かした振付を担当)。箱庭感覚で描かれる世界旅行は、ディズニーランドのアトラクション「It's A Small World」を思わせる。道先案内人を務めるマイケルは、まさしく人間ミッキー・マウスである。
 その後も、黒人と白人の赤ん坊が地球の上に座っている人種共存イメージ、炎を突き破りながらマイケルが歌う戦闘的イメージ、マイケルと子供たちがスラムの街角でラップするイメージ、自由の女神のトーチの上でマイケルが歌うイメージが洪水のように押し寄せ、人種と国境を越えるマイケルの地球規模のスケール感が強調される。

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ゴドレイ&クレーム「Cry」(1985)

 白眉は、様々な人種の人物像を次から次へと合成で繋げていく終盤のシークエンス。同じく様々な人物の顔を繋げたゴドレイ&クレームのヴィデオ「Cry」(1985)のパクリなのだが、ゴドレイ&クレームが原始的なフェード処理で顔を変化させていたのに対し、「Black Or White」では“モーフィング”と呼ばれる当時最新のCG技術を駆使し、シームレスな変身イメージを実現した点が画期的だった。曲のテーマである人種の越境が明快に視覚化された秀逸なシークエンスである。

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パブリック・エナミー「Night Of The Living Baseheads」(左)と湾岸戦争の暗視スコープ映像(右)

 「Black Or White」の特徴は、とにかくその情報量の多さである。次々と場面が飛躍し、脈絡もなく様々なイメージが細切れで連射されていく様子は、テレビのザッピングの感覚に極めて近い。勝手にチャンネルが切り替わっていくような感覚は、実際に他の複数の音楽ヴィデオのイメージを擬似的に登場させることによっても強化される。ここには、常に刺激を求めて次々とチャンネルを変える、現代人のテレビ観賞時の感覚が再現されているのである(このザッピング感覚は、唐突な場面転換を繰り返す「Thriller」において早くも認められる)。

 このヴィデオを観ると、私は同年初頭にあった湾岸戦争を思い出す。我々はリモコン片手に、中東から送られてくるテレビゲームかSF映画のような戦場の映像をテレビで眺めていた。個人と世界各地を即座に結ぶ情報通信ネットワーク。しかし、その映像は、「Black Or White」に登場する人工的な世界の風景のように、奇妙にリアリティを伴わない。このヴィデオには、当時の加速する情報化社会のカオティックな様相がそのまま映し出されているように思える。
 その3年前の'88年、情報量と伝達力においてポピュラー音楽の中で最もテレビに近い性質を持つラップの世界では、実際、パブリック・エナミーが“PETV”という架空テレビ局の放送をコンセプトにしたヴィデオ「Night Of The Living Baseheads」を作っている(U2が後にツアーでアイデアを借用)。「Black Or White」はいわばそのマイケル版(つまり、MJTV)のようなもので、テレビがコンセプトにされていることは、ヴィデオの最後に登場するアニメ『ザ・シンプソンズ』のシークエンスによっても窺い知れる(ヴィデオは最終的にバート少年が観ているテレビ放送として位置づけられ、父ホーマーが我々の観ている画面に向かってリモコンを向け、スイッチを切るところで終わる)。「Black Or White」は、テレビのザッピング感覚を予め表現内に組み込むことで、常にリモコンを持ってテレビの前にいる視聴者の行動を先取りし、最後まで作品に対する注意を喚起する。「Night Of The Living Baseheads」の場合、テレビ・メディアに対する言及が批評的でアイロニカルであるのに対し、「Black Or White」の場合は、よりストレートに同メディアを参照しているのが特徴だ。

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人種をテーマにしたベネトンの広告(1989~91)

 このヴィデオでもうひとつ思い出すのは、写真家のオリビエロ・トスカーニが手掛けていた同時期のベネトン広告である。ベネトンは'80年代末から'90年代にかけて、人種、エイズ、難民、死刑制度など、主に人権に纏わる社会問題を扱ったセンセーショナルな広告で話題を呼んだ。ヴィヴィッドな色彩感覚で様々な人種をフィーチャーし、ストレートに“人種の和合(United Colors)”を謳う「Black Or White」は、まるで動くベネトン広告のようだ。

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いかにもありそうな広告(※マイケルはベネトンとは関係ありません)

 「Black Or White」は、ベネトン広告と同様、社会問題に関するひとつの明確なステイトメントであると同時に、もちろん“マイケル・ジャクソン”というブランドの宣伝でもある。ベネトンは“差別のない人間的生活”という付加価値で服を売り、“世界統一”を謳ってマーケットを拡大する。マイケルの売り物はレコードで、基本的にやっていることは同じなのだが、必ずしも差別問題に言及する必要がないベネトンに較べると、マイケルのメッセージはもう少しシリアスである。

 ヴィデオ集『Dangerous - The Short Films』(1993)に収録されている「Black Or White」では、シンプソンがテレビを消してサンド・ストーム画面になる幕切れの後、マイケルの顔のアップと共に“偏見は無知なり(PREJUDICE IS IGNORANCE)”という訓示が現れる。これは、前作『BAD』から同じく第一弾シングルとして発表された「I Just Can't Stop Loving You」冒頭の独白──“多くの人が僕を誤解している。それは僕のことを何も知らないからだ(A lot of people misunderstand me, that's because they don't know me at all)”──を思い出させる(リマスター盤『BAD』では、なぜかこの冒頭の語り部分がカットされている)。最も注目が集まる第一弾シングルのヴィデオで、マイケルは再び同じメッセージを発した。無知と偏見によって生じる差別。それは、マイケルの人生を最後まで左右し続ける問題だった。

 人種的、あるいは性的アイデンティティの曖昧さ、度重なる整形、謎に包まれた私生活などによって、マイケルに対する変人視は年々強まっていく。そして、'93年に起きた忌まわしい児童虐待疑惑。マイケルは、いわば“マイケル・ジャクソン差別”という、世界で他に誰も経験することのない、あまりに特異で過酷な差別(黒人差別を根とする重層的差別)の被害者だった。「Black Or White」という作品は、そうした差別に対するマイケルの“オレは絶対に屈しない”という徹底抗戦の意志表明なのである。


DO THE RIGHT THING, BY ANY MEANS NECESARRY
──正しいことをせよ、いかなる手段をとろうとも


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BLACK OR WHITE - Panther Segment

 「Black Or White」は、モーフィングの変身シークエンスで曲が終了した後、俗に“パンサー・セグメント(豹の部)”と呼ばれる、音楽を伴わない後半部が始まる。

 モーフィング場面の撮影をするスタジオ内に現れた一匹の黒豹。スタジオの外へ出ると、黒豹はマイケル・ジャクソンに変身する。人気のない夜更けの裏通りで、彼は一人で狂ったように踊り出す。車の窓ガラスやショウ・ウィンドウを次々と破壊し、執拗に股間に手を当てて踊る異様な男。街を破壊して雄叫びを上げると、彼は再び豹に姿を変え、静かにその場を去っていく。

 暴力と性が露骨に表現されたこの後半部は物議を醸し、相次ぐ放送自粛によって、ヴィデオは一層注目を集めた。その過激さがある程度話題性を狙ったものだったにしても、この後半部でマイケルが見せる激昂はあまりにも常軌を逸している。マイケルがいくら変人でも、ダテや酔狂でここまでやれるはずがない。
 批判を受けて、マイケルはこの後半部を“黒豹の動物的本能を表現したもの”と釈明したが、このダンス場面の暴力性はそれほど単純なものではない。ここでマイケルはただ動物的に暴れているわけではなく、一連の破壊行為にはそれなりの理由がある。

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破壊される落書き──鉤十字と "HITLER LIVES"(左)、"NIGGER GO HOME"(右)
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"NO MORE WETBACKS"(左)、"KKK RULES"(右)

 マイケルが破壊する車や店の窓ガラスには、ナチスの鉤十字をはじめ、“ヒトラーは生きている(HITLER LIVES)”、“ニガーは里へ帰れ(NIGGER GO HOME)”、“不法入国のメキシコ野郎はいらない(NO MORE WETBACKS)”、“KKKが支配する(KKK RULES)”といった人種差別的な言葉が書かれている。これらの落書きはヴィデオ発表当初には存在せず、マイケルの破壊行為を視聴者に受け入れやすくするため、後からデジタル処理で加えられたものらしいのだが(落書きなしのオリジナル版は『HIStory - The Video Greatest Hits』のVHS版に収録とのこと)、ここでマイケルが一人で起こす暴動が、人種差別によるフラストレーションを反映したものであることは、詞の内容とヴィデオ前半の文脈からも十分に察することができる。

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『ドゥ・ザ・ライト・シング』──ピザ屋のガラス窓にゴミ箱を投げつけるスパイク・リー

 マイケルの一連の破壊行為の中に、ゴミ箱を投げつけて店の大きなガラス窓を割る場面がある。これは、『カバーガール(Cover Girl)』(1944)で、人気のない夜更けの通りで踊りまくった末、ゴミ箱を投げつけてショウ・ウィンドウを破壊する「Alter-Ego Dance」のジーン・ケリー(別エントリーで紹介)、あるいは、『青空に踊る(The Sky's The Limit)』(1943)で、椅子を投げつけてバー・カウンターを破壊する「One For My Baby」のフレッド・アステア(別エントリーで紹介)を思い出させるのだが、より直接的には、スパイク・リー監督/主演『ドゥ・ザ・ライト・シング(Do The Right Thing)』(1989)と通じている。

 『ドゥ・ザ・ライト・シング』は、ブルックリンを舞台に多人種間の軋轢を描いたスパイク・リーの代表作。この映画では、仲間が白人警官に殺されるのを見た黒人の主人公(スパイク・リー)が、“Hate!(憎しみ)”と叫びながら、イタリア系アメリカ人親子が営むピザ屋の窓ガラスにゴミ箱を投げつけ、それを契機に黒人暴動が起きる。アフリカ系、イタリア系、ヒスパニック系、韓国系が入り混じって暮らす町の日常を活写しながら、多人種間に蓄積する差別感情が最終的に暴力に転じていくまでの過程を、スパイク・リーは非常に客観的/分析的に分かりやすく描いている(表題の“正しいことをせよ”は、映画の結末に対するアイロニカルな訓示で、もちろんスパイク・リーは暴動を肯定しているわけではない)。

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'92年、暴動で崩壊したロスの街

 『ドゥ・ザ・ライト・シング』公開から3年後、「Black Or White」発表から半年後に当たる'92年4月、ロサンゼルスでは実際に映画を地で行くような暴動が起きた。

 ロス暴動は、黒人男性ロドニー・キング(スピード違反で逮捕)に対してロス市警が行った不当な暴力を巡る裁判で無罪評決が下されたことを契機に、判決同日の'92年4月29日、ロスのサウス・セントラル地区から発生した大規模な黒人暴動事件。慢性的な貧困と高い失業率、それに関連する韓国系やヒスパニック系との軋轢、ロス市警の差別的な圧力などによって蓄積されてきた黒人住民たちのフラストレーションが、ロドニー・キング事件判決によって一気に爆発したのだった(陪審員は白人10名+ヒスパニック系1名+アジア系1名で、黒人を含んでいなかった)。放火、略奪、暴行でロス市街は無法地帯と化し、騒ぎが収束するまで6日間を要した。

 黒人と韓国系の軋轢は『ドゥ・ザ・ライト・シング』でも描かれているが、ロス暴動においてもそれは顕著で、暴徒化した黒人たちが真っ先に標的にしたのが韓国人商店だった(ロドニー・キング事件と同時期に、韓国系の中年女性店主が15歳の黒人少女を背後から射殺する事件があり、キング事件裁判の5ヶ月前、これに対して軽い処罰が下されていたことも暴動勃発の布石になっている)。ここに見られるのは、白人に虐げられる黒人、というような単純な差別構造ではない。最下層に押し込められた被差別マイノリティの中に、また別のマイノリティに対する差別意識が生まれ、それらが連鎖して渦を巻きながら、社会全体に重層的に憎悪が蓄積されていくのである。

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暗殺を警戒するマルコムX(左/1964)、同写真と彼の発言(by any means necessary/いかなる手段をとろうとも)を引用したBDPのアルバム(右/1988)

 ロス暴動の背景には、'80年代のアメリカ社会の保守化がある。レーガン政権が推進した新自由主義(弱肉強食を奨励する経済政策)は、差別を助長しながら深刻な貧富の二極化を生んだ。この煽りをもろに喰らった最底辺の黒人層からヒップホップが興隆し、同時に、白人が主導する差別的な格差社会への反動として、黒人の覚醒を促すブラック・ナショナリズム(黒人民族主義)のムードが着実に高まっていった。ネイション・オブ・イスラム、マルコムX、ブラック・パンサー党といった、分離主義的で急進的な黒人組織や活動家への再評価も目立つようになる。『ドゥ・ザ・ライト・シング』やマイケルの「Black Or White」は、そうした時代の流れの中で生まれた作品だった。

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党首H・P・ニュートンの釈放を訴えるブラック・パンサー党員('68年7月30日、オークランド)

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パブリック・エナミー(左)とジャネット「Rhythm Nation」(右)

 人種の越境/和合を謳う「Black Or White」は、サウンド的にも肉体的にも脱・黒人化が進んだ『BAD』の延長線上にあるが、このヴィデオ後半部のマイケルは黒人性へ極端に逆戻りしている。マイケルの変身する黒豹が、ブラック・パンサー党('60年代後半~'70年代半ばに活動した黒人解放武装組織)の暗示になっている点も分離主義的なムードを強調する。

 ブラック・パンサー党はベレー帽、革ジャケットの黒ずくめで武装していたが、このイメージが、パブリック・エナミー(と彼らの自衛集団S1W=Security Of The First World)、ジャネット「Rhythm Nation」を経て、マイケルに引き継がれている点も留意しておきたい(マイケルは'92~93年ツアーのオープニング曲「Jam」で、バック・ダンサーにブラック・パンサー党員のような格好をさせてもいる。ラッパーがマルコムX帽を被っている点にも注意したい)。特にジャネットのアルバム『RHYTHM NATION 1814』(1989)は、'90年代のマイケル、あるいは、黒人音楽全体の方向性を示す道標となった点であまりにも重要だ。「Black Or White」で黒豹と化して暴れるマイケルは、ジャネットの同作収録のロック・チューン「Black Cat」(ストリート・ギャングを歌ったジャネット版「Beat It」)に対する、兄の威信を賭けた頑張りすぎな返答とも言える。
 ブラック・ナショナリズムの気分は、黒人文化を通してメインストリームをも着実に席巻していった。とどめは言うまでもなく、ロス暴動後の'92年秋に公開されたスパイク・リー監督作『マルコムX(Malcolm X)』である。

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ジャネット「Black Cat」──妹に手なずけられるマイケル

 ますます非黒人的なルックスになっていったマイケルだが、'90年代以降、音楽性はそれとは反比例して、基本的にはむしろ黒さを増している。マイケルのこの黒人性への回帰は、上記のように、ヒップホップの勢いとその影響を受けたR&Bの活性化によって、同時期にポピュラー音楽の覇権が完全に白人音楽から黒人音楽へ移行したことを反映しているが、単にトレンドに同調して“オレだって黒いんだぜ!”と主張してみたわけではなく、結局は、'80年代に自分をいわばグローバル化しすぎたことの揺り戻しだったように思う。

 『DANGEROUS』は、ジャネット『RHYTHM NATION 1814』同様、ニュー・ジャック・スウィングを通じてヒップホップ的な要素を音楽性に取り入れている。'87年『BAD』の時点でもヒップホップを取り入れることはできたはずだが、そこでマイケルが強行に推し進めたのは、そうした黒人の“現場感”とは隔たった、黒でも白でもない、独自のフューチャリスティックなファンク/ポップ路線だった。超人種的な音楽を志向するマイケルの姿勢は、多人種の仲間と共に踊り、ウェズリー・スナイプス演じる幼なじみの黒人ストリート・キッドたちと訣別するヴィデオ「Bad」によって象徴的に示されている。
 しかし、マイケルの標榜する融和主義はあまりにも非現実的で、そのサウンド同様、どこか平面的で薄っぺらい印象が拭えないものでもあった。ベネトン的な“和合”とグローバル化の陰で、確実に置き去りにされ、搾取されていくブラザーやシスターたちがいる。それに気付かないほど、マイケルは浮世離れした人間ではない。
 マイケルは悩む。白か黒か。融和か分離か。その結果、彼は地団駄を踏んで暴れるのである──“白でも黒でも関係ねえ!”。

 『DANGEROUS』は、マイケルの融和主義が抱える矛盾と混乱がそのまま表出したようなアルバムだった。テディ・ライリー制作による黒光りしたダンス・チューンが並ぶ前半。『BAD』の流れを汲んだ、黒人色の薄い普遍的(かつ内省的)なポップスが並ぶ後半。中盤に置かれた“一人「We Are The World」”状態の「Heal The World」が両者を力業で接続し、最後を再びテディ・ライリーのファンク「Dangerous」が締める。
 このアルバムで明らかになったマイケルの脱・黒人化の行き詰まりは、ますます白さを増した肌の色とも相まって、間違いなく彼を不利な立場に追い込んだ。“白人になり損ねた気味の悪い容姿の黒人”として、以後、マイケルはもっぱら誹謗や中傷の対象となっていく。人種の壁を越えたと賞賛されてきた黒人スターは、今度はその曖昧な帰属性ゆえに格好の差別の標的にされ、一気に奈落の底に突き落とされていくのである。

 融和か分離か──ヴィデオ「Black Or White」には、マイケルのこの混乱が呆れるほど明瞭に示されている。人種の和合を訴える前半、そして、それを暴力と共に唐突に断ち切る後半。2つのパートには見事なまでに整合感がない。

 結局、マイケルはこの問題を最後まで解決することができなかったように思う。
 しかし、それは決して非難されるべきことではない。マイケルは政治家でも思想家でもない。高い理想を抱き、矛盾と混乱に苛まれた挙げ句、“そんなの関係ねえ!”と怒りを込めて地団駄を踏むマイケルの人間くささを、私はこよなく愛する。

 モーフィングの変身イメージと共に人種の越境が表現されるシークエンスで、マイケルはこう歌っている。

 “白に黒──それを乗り越えるのは難しい(It's black, it's white. It's tough for you to get by)”

 マイケルは、人種の壁がCG合成のように簡単に乗り越えられるものだとは決して歌っていない。世界のあらゆる視線に晒されてきたマイケルは、その困難さをよく知っていたはずである。『DANGEROUS』における黒人性への回帰は、それまでの超人種志向の流れからすると後退しているような印象も受けるが、それはマイケルが先へ進むための重要な軌道修正だった。現実を見つめ、地に足をつけて大地を踏みしめない限り、決して前進することはできない。マイケルは『DANGEROUS』で、後進するように見せながら実は前進するという、いわば“逆ムーンウォーク”のような動きをしているのである。

 『DANGEROUS』には、人種問題をはじめ、人間の様々な関係性を巡るマイケルの闘争、葛藤、矛盾、混乱、祈りがありのままに表現されているが、作品としては奇跡的なまとまりを見せている。そして、どの曲もしなやかで力強い。私はこのアルバムを本当に美しいと思う。


YOU'RE AN ANGRY DANCER──君は怒れるダンサーだ

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 それにしても、パンサー・セグメントにおける融和主義のしがらみを捨てたマイケルのダンスは凄まじい。音楽もなく、ひたすら狂ったように踊りまくるマイケル。無言のまま激しくステップ(地団駄)を踏む彼に何か台詞を与えるとしたら、それは何らかの主義を訴えるものではなく、“You can't ignore me! You can't defeat me!(てめえら、オレを認めろ!)”というような、極めて直情的で怨念めいた言葉になるはずだ。激しく闘争するその肉体には、ジェイムズ・ブラウン、サミー・ディヴィス・Jr、ジャッキー・ウィルソン、そして、フレッド・アステア、ジーン・ケリー、ボブ・フォッシーらの魂が同時に宿っているようだ。このダンスを観ていると、まるでマイケルに胸ぐらを掴まれて、“白でも黒でも関係ねえんだよ!”と凄まれているような気になる。

 ヴィデオ前半の融和主義と後半の分離主義の溝を埋めるものがマイケルに何かあるとしたら、このダンスしかないだろう。それは肉体を使った表現という意味でも、文字通り“力業”と呼ぶに相応しい決着の付け方である。マイケルは歌も天才的に上手いし、作詞作曲にも素晴らしい才能を発揮したが、彼の最も優れた表現は、やはりダンスだったと思う。「Black Or White」という曲に特に感心しない人でも、マイケルのこのダンスだけは無視/却下(ignore)することができないはずである。

 マイケルの発言によると、このパンサー・セグメントのアイデアは、実はもともと彼がジャネットに提案したものだったという。具体的にいつ頃の話かは不明だが、パンサー・セグメントでマイケルがジャネット(「Black Cat」)を強く意識していることは、その発言からも窺い知れる。

「妹のジャネットに言ったんだ。“君は黒豹っぽいよね。黒豹に変身して、また自分に変身するっていうのをやってみたら?”。“それいいわね”と言ってたけど、彼女はやらなくてね。僕らは2人ともいつも似たような考えをするものだから、僕がそれをやった。不公平や偏見、人種差別や偏狭さに対する自分のフラストレーションを発散するようなダンス場面をやりたかったんだ。僕は踊りながら怒りに身を任せた。当時、作品の暴力的な内容が問題にされたけど、抵抗なく見られるんじゃないかな。単純なことだよ」(11 December 1999, MTV)

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車の上で股間をまさぐるマイケル

 街を破壊する暴力行為の他に、この後半部でもうひとつ物議を醸したのは、執拗に股間を掴むマイケルの仕草だった。マイケルは以前からダンスの中でこのアクションを見せていたが、ここでは特にそれが強調されている。

 '93年2月にオプラ・ウィンフリーのトーク番組に出演した際、本人は股間を掴む理由を以下のように説明している。

「どうして股間を掴むのかって(笑)? 無意識にやってしまうんですよ。踊ってる時、ダンサーは音楽を奏でているサウンドを表現するわけです。ノリのいいベースであれば、自分もベースになる。チェロとか弦楽器なら、それになる。そのサウンドが表す情感になりきるわけです。つまり、僕が踊りながら(股間を)“バーン!”って掴んだら、それは音楽がそうさせているということなんです。掴もうとして掴むわけじゃない。あまりいい場所じゃないですしね。考える間もなく、そうなっているんです。後から映像を見て、“こんなことやったの?”って驚くことがありますよ。僕はリズムの奴隷なんです」(10 February 1993, Michael Jackson Talks... To Oprah)

 こういう質問になると、この天才ダンサーはすべて音楽のせいにしてしまう。パンサー・セグメントでは、股間を掴むだけでなく、更に股間をまさぐるように手を動かし、挙げ句の果てには、開いているズボンのジッパーを上げる場面まで登場する。もはや挑発なのかギャグなのかも分からない、とにかく“スゴい”としか言いようがないダンスである。

 パンサー・セグメントのダンスは音楽を伴わないので、ここでマイケルが隷属しているのは、自分の感情、あるいは、内なるリズムということになる。車の窓ガラスを次々と破壊し、車の上でひとしきり股間を強調した後、ジッパーを引き上げる場面は、マイケルがそれまでフリチンで踊っていたことを暗示する。そして、このダンス場面全体の分離主義的な文脈に照らせば、強調されるマイケルの股間は、間違いなく“黒さ”の象徴であるはずだ。車の上で無言で股間を誇示するマイケルに何か台詞を与えるとしたら、“おらおら、オレのチンポはこんなに黒いぜ! わかったか!”(と言ってジッパーを上げる)ということになるだろう。

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「Bad」で何度も股間を掴むマイケル

 マイケルが露骨に股間を掴むようになったのは「Bad」からだった(ステージではそれ以前から股間に手がいっていたが)。「Bad」は、多人種の仲間を従えたマイケルの融和主義 vs ウェズリー・スナイプス率いる黒人ストリート・キッズの分離主義という点で、「Black Or White」とよく似た構造を持っている。マイケルは股間を強調しながら、“さあ今すぐ答えてもらおうじゃねえか、誰がバッドだ?”とスナイプスらを詰問する。その時、その股間はやはり黒さの証明なのである。マイケルの真っ黒いチンポを目にしたスナイプスは、“そういうことか(お前のチンポの黒さには負けたよ)”と捨て台詞を吐き、両者は友好的に別れる。股間を掴むアクションは、つまりマイケルの根源的な黒人意識の顕れであり、スナイプスらに対するマイケルのメッセージを噛み砕くなら、“オレは黒人であり、それを誇りに思っているが、お前らとは違うやり方でいく”ということになる。
 しかし、その“違うやり方”は、一般的には白人への迎合としか見なされず、マイケルに対する向かい風は次第に強まることになる。尋常性白班症によって肉体的にも文字通り“白い仮面”を被ってしまったことは、マイケルにとって不幸以外の何ものでもなかっただろう。白人になりたがっている、と非難されればされるほど、マイケルはついつい股間を掴んでしまうのである(私には股間を掴む彼のアクションに性的な意味を読み取ることはほとんどできない)。

 フレッド・アステアがかつてマイケルのことを“怒れるダンサー”と評したが、このパンサー・セグメントはまさにその面目躍如だろう。取り憑かれたように激しくビートを刻む肉体。激昂しながら地団駄のようにステップを踏み、服を引き裂いて雄叫びを上げるマイケルの姿は、苦痛でのたうち回っているようにも見える。超人種性を体現するサイボーグのような肉体の中で、まるで黒人性が拒絶反応を引き起こしているかのようだ。拮抗する白と黒。ここで彼は、顔面に付着した白い仮面を必至に引き剥がそうとしている。マイケル・ジャクソンという黒人スターの人種的アイデンティティの危うさを、ここまで明瞭に示す映像もない。その肉体はまさしくバッドでデンジャラスだ。


BAMBOOZLED──スパイク・リー版「Black Or White」

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スパイク・リー監督『Bamboozled』のポスター

 「Black Or White」のパンサー・セグメントは、まるでスパイク・リーが監督したかのような錯覚を与えるが、実際、スパイクは後に『Bamboozled』(2000/日本未公開)で、黒人タップ・ダンサーのセヴィアン・グローヴァーを使ってこれと酷似した場面を撮っている。

 『Bamboozled』は、テレビ局で重役を務める中産階級の黒人が、黒人ミンストレル・ショウの現代版となる番組を制作する様子を描いたフィクション映画。表題の“Bamboozled(ハメられて、騙されて)”は、マルコムXの演説の一節に因む。これは実は“スパイク・リー版「Black Or White」”とも言うべき作品で、マイケル・ジャクソンという黒人スターを考える上で非常に有効な手引きともなる重要作である。

 ミンストレル・ショウは、1830年代頃に始まったアメリカの大衆演芸。白人芸人が顔を黒塗り(ブラックフェイス)にし、戯画化された黒人像(低脳、剽軽、お調子者、田舎者)を演じながら、歌、踊り、漫才、コントなどを披露する。これは黒人芸人によっても同様に演じられた。彼らは黒い肌を更に黒く塗り、誇張された黒人訛りで喋り、白人が作り上げたステレオタイプの黒人像を演じながら芸を披露した。そのようにしなければ舞台に立てなかった(喰えなかった)のである。
 この人種差別的な演芸は1910年頃まで行われていたようだが、映画の世界では'30年代まで白人のブラックフェイス芸人が活躍し、その伝統は以後もラジオやテレビ番組、マンガのキャラクター、アマチュア演芸などによって、公民権運動が始まる'50年代頃まで引き継がれた。現在ではもちろんタブーである。

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『Bamboozled』──ブラックフェイスでテレビ・スターになるマンレイ(セヴィアン・グローヴァー)

 『Bamboozled』の粗筋はこうだ──テレビ放送作家のエリート黒人、ピエール(デーモン・ウェイアンズ)は、黒人ストリート・ダンサーのマンレイ(セヴィアン・グローヴァー)を主役に配し、テレビ番組で黒人ミンストレル・ショウを現代に蘇らせる。その意図は“風刺”。そこには、番組を成功させ、“人種差別的な番組を享受する視聴者”という構図を作り出すことによって、一般社会に潜在する差別意識を浮き彫りにするという目論見があった。その番組〈新世紀ミンストレル・ショウ〉は黒人団体などの強い反発を招きながらも、白人を中心とする一般大衆(黒人も含む)の支持を得て大ヒットする。しかし、番組の風刺の意図は理解されることなく、差別を無意識に称揚する大衆の前でアイロニーは破綻し、番組は単なる人種差別的なショウへとすり替わっていく。差別を利用する巨大資本にいつの間にか取り込まれていたことに気付いたマンレイは、最終的に自らの意志でブラックフェイスを放棄し、番組制作者であるピエール自身も、パラノイアに苛まれながら転落していくことになる。

 この映画のメッセージは“デタラメを信じるな(Don't believe the hype)”である。スパイク・リーは劇中で無数のブラックフェイス人形のアンティークを登場させ、同時に、過去のハリウッド映画から差別的な黒人イメージをこれでもかと引用し、白人社会とそのメディアがいかにネガティヴな黒人像を世間に広め、人々の感覚を麻痺させてきたかという歴史的事実を突きつける。更に彼は、ミンストレル・ショウを再現したテレビ番組をリアルにシミュレートしながら、現代においても形を変えてミンストレル・ショウが存続し、それを密かに望む社会の中で、黒人たちが自らの顔に不可視のブラックフェイスを施していることを痛烈に風刺する(映画内のピエールの風刺は無効だが、スパイクの風刺はもちろん有効である)。
 スパイク・リーの批判の矛先が、黒人のステレオタイプを称揚する白人社会だけでなく、白人の好む黒人像を無自覚に引き受けてしまう黒人にも向けられていることは、主人公の黒人放送作家ピエールの描かれ方に明確に顕れている。彼はピエール・ドラクロワ Pierre Delacroix というフランス風の名前を名乗り(本名はピアレス・ドーサン Peerless Dothan という)、それ風の気取ったアクセントで話すが、その様子は明らかに滑稽である。無自覚なレイシストである白人上司に頭が上がらない彼は、上司の気の召すまま、明らかに危ういミンストレル・ショウの番組企画を進めていく。ピエールはそれが“風刺”であるということを理由に罪悪感から逃れようとするが、それは結局、白人社会に取り入るために自分を欺いているに過ぎない。“風刺”は最初から言い訳なのである。そんな黒人主人公を、最終的にスパイク・リーは“お前こそブラックフェイスだ”と断罪する。

 この映画は、まず、ステレオタイプの人種イメージを流すテレビ・メディアを作品内でシミュレートしているという点で「Black Or White」と似ている。「Black Or White」前半でも同様にテレビ・メディアがシミュレートされ、そこで描かれる世界の様々な民族のイメージも、非常にステレオタイプ的なものだった。「Black Or White」に見られる融和イメージと、〈新世紀ミンストレル・ショウ〉の差別イメージはまるで正反対のようだが、それらがいずれも現実とはかけ離れた人種観の上に成り立っていることに変わりはないだろう。マイケルの意識がどうあれ、ベネトン広告との類似においても、それは結局、白人社会(とその巨大資本)に都合の良い、いわば最新技術でモーフィングした新手のステレオタイプに過ぎないのではないか。

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路地裏で激昂しながら踊るセヴィアン・グローヴァー(『Bamboozled』アウトテイク)

 「Black Or White」との類似は、映画後半、番組の看板スターであるマンレイ役(番組内では“マンタン”と名乗らされる)のセヴィアン・グローヴァーが路地裏で踊る場面で決定的なものになる。
 差別で金を儲ける白人巨大資本に自分がハメられていたことに気付いた彼は、観客を前にしたいつもの番組収録の場で、ある時ブラックフェイスを施さずに舞台に現れ、黒人としてのプライドを賭けて猛烈なタップを踏む。彼はすぐに番組スタッフたちに取り押さえられ、テレビ局の裏口から放り出されてお払い箱となる。人気のない路地裏で、彼はそのまま激昂しながら狂ったようにタップを踏みまくる。その様はまさしく“怒れるダンサー”と呼ぶに相応しい。「Black Or White」同様、この怒りのダンスは、メディアが喧伝するステレオタイプな人種イメージへの反動であり、路地裏というロケーションは、その弊害を被る人間の感情が常に社会的に抑圧され、隠蔽されていることを示している。
 この路地裏のダンス場面は、実は最終的に映画本編から削除されている(DVDに特典映像として収録)。直前に番組の舞台で既に同じように激昂してタップを披露しているので、繰り返しを避けるために省いたのだろう。その方が映画のテンポは良くなるので正しい判断だと思うが、セヴィアンのこのソロ・ダンス場面はどえらい見物なので、削除は残念ではある。

 さて、ブラックフェイスを放棄し、黒人としてのアイデンティティを取り戻すために路地裏で激しくタップを踏むセヴィアンの姿は、似たようなロケーションで、白い仮面=ホワイトフェイスを引き剥がそうと、激昂しながら(まさしくタップのように)ステップを踏むパンサー・セグメントのマイケルと明らかに呼応している。マイケルの“ホワイトフェイス”は、白人社会への迎合という点で、もちろんブラックフェイスと表裏一体である。
 その仮面をマイケルは望んで付けたわけではない。マイケルの悲劇は、人種の越境を目指す過程において、その白人受け(も)する音楽性やキャラクターがブラックフェイス演芸と類似してしまったことで、それによって彼は“白か黒か”という二項対立の差別構造に組み込まれ、自身も被差別者となってしまった。

 しかし、こうも思う。マイケルは、『Bamboozled』でスパイク・リーが批判するような“白人の好む黒人像を無自覚に引き受けてしまう黒人”なのではないか? ピエールが“風刺”という言い訳で〈新世紀ミンストレル・ショウ〉を制作したように、マイケルは“人種の越境/和合”を言い訳に白人社会に取り入ったのではないか?

 “白か黒か”という問いは、ここで別の意味を持ち得る。マイケルは“シロかクロか”。つまり、無罪か有罪か、という問いである。

 この問いに私はマイケルと同じように答えたい──“シロでもクロでも関係ねえ”。
 マイケルの心の底を覗くことはもはや誰にもできないが、全キャリアを通して、彼は一貫して自分のルーツには誠実であり続けていた。彼のアルバムの中で最も(人種的に)白っぽい『BAD』でさえ、サウンドの根幹は紛れもなく黒人音楽である。マイケルは否定的な黒人イメージを世界に広めたわけではないし、その創作活動やパフォーマンスはどのような観点から見ても素晴らしいものだった。マイケルによって黒人音楽の素晴らしさを教えられた人間が世界に一体どれほどいるだろう? それで十分ではないだろうか。


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 『Bamboozled』は、目を剥いて満面の笑みを浮かべるブラックフェイスのマンレイをアップで映しながら終わる(先ほど映画の粗筋を紹介したところに掲載した画像がその場面)。そこに、破滅した主人公ピエールの独白がヴォイスオーヴァーで重ねられる。薄れゆく意識の中で、彼はスタンダップ・コメディアンである父親の言葉を反芻する──“常に笑わせ続けろ(Always keep 'em laughing)”。マンレイのグロテスクな笑顔と共に、誇張された笑い声が悪夢のように響き渡り、映画はエンドロールを迎える。

 このラストシーンは「Thriller」の幕切れと気味が悪いくらいに似ている。スパイク・リーが「Thriller」を意識していなかったとしても、この一致には偶然以上の意味があるはずだ。マイケルはなぜ「Thriller」によって主流白人層から爆発的な人気を得たのか? 『Bamboozled』を通して「Thriller」を観る時、マイケルの変身する狼男やゾンビ──その動物的で醜悪なキャラクターが、白人によって作られたブラックフェイスの黒人像を、最新の特殊メイクで変形させたものであることがはっきりと見えてくる。ランディスやマイケルの意図がどうであれ、「Thriller」という作品は、'80年代アメリカ社会の保守化が助長する人々の潜在的な差別意識に巧みに応えていたのである。
 オーラ・レイを連れて最後にこちらを振り向くマイケルの顔は、オーラと共に夢から醒めて安心した視聴者を、再び奈落の底に突き落とす。しかし、視聴者は、振り返るマイケルが醜悪なモンスターの顔をしていることを密かに期待しているのだ。振り向いたマイケルの顔は、“Yes, sir. I'm your nigger”と言いながら満面の笑みを浮かべる。高らかに響き渡るヴィンセント・プライスのグロテスクな笑い声は、もちろんブラックフェイスの呪いの声に他ならない。これほど壮絶な皮肉があるだろうか。


 『Bamboozled』は、マイケル・ジャクソンを取りまく人種とメディアの問題を考える際、非常に有用な手引きとなると同時に、我々やメディアを含む社会全体が、人種差別をいかに無自覚に称揚しているかということを気付かせてくれる非常に意義深い作品である。
 黒人差別は日本人の実生活ではあまり馴染みのない問題ではあるが、たとえば、ボビー・オロゴンやオスマン・サンコンのような、おかしな日本語を喋るアフリカ系外国人タレントをテレビで観ながら笑う時、その脳天気で滑稽なキャラが、白人アメリカ社会が作ったブラックフェイスのイメージをそのまま輸入したものであることを意識する人は少ないはずだ。“知的水準が低く、いつも明るく笑っている”アメリカ譲りの黒人イメージを積極的に享受することで、日本人も無意識に差別に加担しているのである(ちなみに、ボビー・オロゴンは実際にはとても流暢な日本語を話すらしい。どうでもいい話だが、彼はシャーデー・アデュと同じ、ナイジェリア、イバダンの出身である)。

 この映画は紛れもない傑作だが、なぜか日本では未公開である上、ソフト化もされていない。アメリカで黒人大統領が誕生し、マイケルが亡くなった'09年の今こそ多くの人に観られるべき作品ではないだろうか。

■『Bamboozled』を観た人には、副読本として名古屋大学教授の長畑明利氏による論考「ブラックフェイスと風刺──Spike Lee の Bamboozled を読む」を一読することをお勧めする(リンク先の氏のプロフィール内、論文一覧の中にそのpdfファイルのダウンロード・リンクがある)。平易な文章で非常に分かりやすく作品が解析されている。日本語で読める『Bamboozled』論考としては、これがベストではないだろうか。私も大いに参考にさせてもらった。
■『Bamboozled』同様、セヴィアン・グローヴァーが出演している『キング・オブ・タップ(Bojangles)』(2001)もお勧めしておきたい。こちらはグレゴリー・ハインズ主演による、黒人タップ・ダンサー、ビル・ロビンソンの伝記映画。ブラックフェイス問題も登場する。これも残念ながら国内未ソフト化。
■もうひとつ、本エントリーのテーマと大きな関わりを持つ作品として、ヴィデオ畑出身のマーク・クラスフェルド監督がロス暴動を映画化した『ザ・L.A.ライオット・ショー(The L.A. Riot Spectacular)』(2005)もお勧めだ。スヌープ・ドッグを狂言回しに、人種差別とそれを食い物にするメディアを痛烈に風刺した快作。これは国内ソフト化されている。尚、ロス暴動はスパイク・リーも映画化するという情報が'06年末にあったが、そちらはいまだ実現していない。



スパイク・リーとマイケル・ジャクソン

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スパイク・リー監督「They Don't Care About Us」(ブラジル・ヴァージョン)

 スパイク・リーは『HISTORY』からの第四弾シングル「They Don't Care About Us」('96年4月1日発売)で、実際にマイケルのヴィデオを監督している。

 「They Don't Care About Us」は、偏見、差別、憎悪が蔓延る社会の中で、権力や武力によって抑圧され、人権を蹂躙される弱者の怒りと苦しみをストレートに歌った痛烈なプロテスト・ソング。特定のコミュニティ、民族、宗教を擁護、あるいは糾弾する曲ではないが、歌詞に登場する“Jew me”と“Kike me”が反ユダヤ主義的であるとして、激しい批判を受けた問題作でもある(これに関してマイケルは正式に謝罪した)。プリミティヴなドラム・ビートに、ラップ風のヴァース、合唱を促す印象的なコーラスを乗せたシンプルでパワフルな楽曲。参照されているのは、ジョン・レノン「Give Peace A Chance」、そして、(西寺郷太氏が指摘するように)クイーン「We Will Rock You」に違いないだろう(ちなみに、詞のテーマに関してクイーン作品でもうひとつ思い出されるのは「Under Pressure」である。意図的に差別用語を使っている点では、レノン「Woman Is The Nigger Of The World」も連想させる)。マイケル作品史における流れとしては、「Black Or White」のロック路線に自分のアフリカン・ルーツを結びつけることによって、音楽を伴わなかったパンサー・セグメントの怒りを初めて音楽化した作品と言える。“はじめにリズムありき(In the beginning, there was rhythm)”──パンサー・セグメントのマイケルのダンスが、タップ・ダンスと類似していたのも決して偶然ではない。

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「They Don't Care About Us」──監獄ヴァージョン(左)とブラジル・ヴァージョン(右)

 ヴィデオは二通りのヴァージョンが作られている。いずれも社会派のスパイク・リーらしい、シリアスかつパワフルな傑作だ。

 “監獄ヴァージョン(Prison version)”と呼ばれるニューヨーク撮影のヴィデオでは、刑務所のセットを舞台に、囚人に扮したマイケルが食堂で大勢の囚人たちと共に人権を求めて叫びを上げる。ロドニー・キング事件、ロス暴動、核実験、戦争、KKK、天安門事件などの記録映像が挿入され、権力や暴力によって搾取される無数の人々の怒りが強調される。その記録映像の暴力性ゆえ、「Black Or White」のパンサー・セグメントに次いで、これまた放送が制限された。このヴィデオは'09年現在までソフト化もされていない。

 “ブラジル・ヴァージョン(Brazil version)”と呼ばれるヴィデオは、ブラジルのサルヴァドール、および、リオデジャネイロの貧民街ドナ・マルタの屋外ロケーションで撮影が行われた。サルヴァドールのアフリカ系ブラジル人のパーカッション・グループ、オロドゥム Olodum や、大勢の地元住民たちと共に、マイケルが街頭で力強いパフォーマンスを繰り広げる。スラムの民衆パワーがドキュメンタリー風情で生々しく捉えられ、楽曲も説得力を増している。特に200人にも及ぶオロドゥムのドラム演奏をフィーチャーした後半部は圧巻だ。ブラジル発の傑作『シティ・オブ・ゴッド(City Of God)』(2002)を先駆けたような鋭さも。マイケルのショート・フィルムの中でも屈指の出来映えである。

 これに対する返礼のように、マイケルは同年10月公開のスパイク・リー監督作『ゲット・オン・ザ・バス(Get On The Bus)』(1996)に、ベイビーフェイスの手による新曲「On The Line」を提供している。
 『ゲット・オン・ザ・バス』は、'95年10月16日、ネイション・オブ・イスラムの指導者、ルイス・ファラカンの提唱で行われた黒人男性集会“100万人大行進(Million Man March)”へ参加するため、ロスから開催地のワシントンDCまでバス旅行をする黒人たちを描いたロード・ムーヴィー。様々な価値観や社会的立場を持つバス同乗者たちの群像を通して黒人問題を考え、ファラカンのイベントに対しては最終的にやんわりと疑問を投げかける。研究論文でも読むような、スパイク・リーらしい非常に理知的で分析的な作品だ(と言っても、別に堅苦しいわけではなく、娯楽映画として普通に面白い)。ルイス・ファラカンは反ユダヤ主義的な態度で物議を醸してきた人物なので、この映画への参加は「They Don't Care About Us」で批判を受けたマイケルにとってはリスキーなものだったと思う。
 提供曲「On The Line」は映画のオープニングで大々的に使われているが、サントラ盤には未収。VHS+CDの限定ボックス・セット『GHOSTS』(1997)で初めて音盤化され、後にマイケルの集大成ボックス・セット『THE ULTIMATE COLLECTION』(2004)に収録された。

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ブラジルで「They Don't Care About Us」撮影中のスパイクとマイケル

 マイケルの死の翌日、スパイク・リーはTime誌の電話取材に応じて故人を追想している。最後にそのインタヴューを紹介し、この長大な文章を締めくくることにしたい。
 スパイクはカンヌ国際広告祭のために滞在していたフランスでマイケルの訃報を知った。


Spike Lee remembers Michael Jackson

「広告祭でフランスのカンヌにいるんだ。昨夜、ディナーを終えて帰り、CNNを付けてみるとそのニュースだ。彼が病院に緊急搬送された、という。寝ないで一晩中ひたすらCNNを見続けたよ。世界にとって本当に大きな大きな損失だ。僕はこう言っておきたい。知ったような顔でマイケルのことを語る人間を今までたくさん見てきた。彼の素晴らしい才能と音楽を讃え、少なくとも彼が埋葬されるまで他のことは忘れようじゃないか。今は彼の生涯を讃えよう。僕はそういう気持ちだ」

──今、後ろでマイケル・ジャクソンが流れているのが聞こえますが。

「ディナーのために友人の車でモナコへ向かっているところなんだけどね。店でマイケル・ジャクソンのベスト盤を買ってきてさ。車に乗りこんで、“よし、これがオレたちのドライヴ・ミュージックだ!”って。カンヌからモナコへの道すがら、マイケルのヒット曲を聴いているというわけさ」

──「They Don't Care About Us」のヴィデオで仕事した時のマイケルはどうでした?

「マイケルは素晴らしかったよ。ユーモアのセンスもあるし。仕事熱心でね。コービー・ブライアントがいかに熱心な選手かと言われても、マイケル・ジャクソンほどじゃないさ。あの熱心さには教えられたよ。僕はコービーのドキュメンタリー映画を撮ったから、彼のことは知ってる。マイケル・ジョーダンとも少し仕事した。マイケル・ジャクソンはと言うと──あそこまで好きで仕事をやってると、それは仕事じゃなくなるんだな。苦にならないから、いくらでもやれるし、ものすごい勢いで仕事が進む。本当に自分の好きなことをやっているからなんだよね」

──撮影現場で彼と話しました? 彼は付き合いやすかったですか?

「そりゃもう! 彼は世界市民だ。“マイク、ヴィデオを撮りにブラジルへ行こうぜ”と言うと、“行こう、スパイク!”ってなもんさ。そういうふうに言ってくれる人間と仕事するのは最高だ。予算なんか二の次だしね。彼がやりたがった時点でブラジル行き決定さ!」

──それ以前に面識はあったんですか?

「ああ、ディナーの席とかそういうのでね。でも、一番濃かったのはあの時だな……手短に話してもいいかな? マイケル・ジャクソンから電話が掛かってきてね、“スパイク、君に会いたいんだ。今からニューヨークへ行くところなんだよ”。“じゃあ、どこで会うのがいい?”と訊くと、“君の家に行きたいな”。僕はブルックリンに住んでるんだぜ! その僕の家に来たいって言うんだよ! で、ニューヨークのブルックリンの僕の家にマイケル・ジャクソンがやって来た。僕がフォート・グリーンに住んでた頃だよ。でもって、自分のヴィデオを監督して欲しいと言うんだ。ニュー・アルバムが出るから、そこから1曲選んでくれ、と。で、2人で全曲を聴いて、僕は〈Stranger in Moscow〉を選んだ。すると、“それじゃないのがいいんだけど”と言う。“マイケル、どれを監督して欲しいのか言ってくれよ! なんで僕に選ばせたんだい?”と言うと、彼は笑って、〈They Don't Care About Us〉を頼む、と。それが事の始まりだった」

──彼はブルックリンを気に入っていましたか?

「う~ん、それまでに来たことがあったか知らないけどね。僕らはただ喋って2~3時間過ごした。ほら、僕らは同い年だろ。何ヶ月か僕の方が上なだけなんだ(註:スパイク・リーはマイケルより約1年5ヶ月年上)。正直言うと、僕の方が一方的に喋ってたんだけどね。自分の人生に彼がどれほど影響を与えているか伝えようと一所懸命でさ。ブルックリンの自分の家のリビングにマイケル・ジャクソンが座っているなんて、とても信じられなかった。あれはすごかったな」(29 June 2009, time.com)

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 このインタヴューから2ヶ月後の'09年8月29日、ブルックリンのプロスペクト公園で、スパイク・リー主催によるマイケル・ジャクソン51回目の誕生日を祝う無料イベントが行われた。悪天候にもかかわらず、様々な人種や世代のファンが数千人集まり、アル・シャープトン師の演説や、DJスピナの回すマイケルの曲で大いに盛り上がったそうだ。


スパイク・リー監督「This Is It」

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THIS IS IT (2009)
Directed: Spike Lee

 追記。映画『THIS IS IT』の主題歌となったマイケルの未発表曲「This Is It」。その音楽ヴィデオをスパイク・リーが制作した('09年12月公開)。
 インディアナ州ゲイリーのマイケルの生家から始まり、生前のマイケルの様々な姿や、彼を追悼するファンの無数の手書きコメントが、写真と映像のコラージュによって美しく纏められた“思い出アルバム”のような作品(ビートルズ「Free As A Bird」ヴィデオの雰囲気に近い)。ヴィデオ内で2度にわたって登場する、落書きされた道路標識のメッセージ(“憎み合うのはやめよう”)が、故人の遺志を静かに代弁する。マイケルの生涯を祝福するスパイク・リーの温かな眼差しが印象的で、小品ながら、非常に清々しい感動を与える佳作になっている。スツールに置かれたマイケルの黒いスパイ帽と白手袋が故郷ゲイリーの家の前でひっそりと照らし出される最後のカットには、超人化した“キング・オブ・ポップ”を再び自分たちのもとへ迎え入れる黒人コミュニティの意識が表現されているようにも思える。グラフィティ(落書き)を使った演出とあわせ、黒人映画作家のスパイクらしい素晴らしいトリビュートだと思う。マイケルに手向けられる無数の花々の中に、またひとつ美しい花が添えられた。



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