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Buika @ Blue Note TOKYO 2017



 ブイカのコンサートを観た。

 泣いた。死ぬほど素晴らしかった。こんなに全身から音楽が溢れていて、骨の髄までエレガントな女性歌手は見たことがない。

 超満員だったブルーノート東京公演。ステージが終わったとき、シャイで腰の重い日本の観客が次々と立ち上がり、彼女に向かって万雷の拍手喝采を送った。心からの感動と称賛の意をどうにか態度で示したい──あのとき会場にいた誰もがそう思っただろう。ブイカの裸の歌声は、全く言葉の通じない極東のアジア人の心をも裸にするものだった。


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『私が、生きる肌』──結婚パーティー場面で歌うブイカ

 スペイン、マヨルカ島出身の歌姫、コンチャ・ブイカ。赤道ギニア系スペイン人である彼女は、アルバム『Buika』(2005)で本格的にデビューして以来、自国のフラメンコと、自身のもうひとつのルーツであるアフリカ系の様々な音楽──ジャズ、R&B、アフロキューバン、レゲエなど──を混合した独自のオーガニックなソウル・ミュージックを聴かせてきた。その歌声は“自由の声”と評され、ニーナ・シモンやセザリア・エヴォラとも比較されている。

 私がブイカの存在を知ったのは、多くの人と同じく、ペドロ・アルモドバル監督の映画『私が、生きる肌』(2011)を通してだった。彼女は劇中の結婚パーティー場面に歌手役で登場し、そのハスキーな歌声とすきっ歯のルックスで強烈な印象を与える。その頃、私はタップ・ダンス経由でちょうどフラメンコに興味を持っていたところだった。フラメンコ系の音楽を聴きたいが、しかし、パコ・デ・ルシアやカマロン・デ・ラ・イスラといったその道の大御所は、英米のポピュラー音楽ばかり聴いてきた私にはちょっと敷居が高い。かと言って、今さらジプシー・キングスという感じでもない(実は、私は彼らの'89年の初来日公演に行ったことがある……)。そんな私にとって、ディープなフラメンコ感覚とコンテンポラリーな黒人音楽要素を併せ持つブイカは、まさに打ってつけのアーティストだった。

 ブイカは10年前、2ndアルバム『Mi Niña Lola』(2006)でブレイクした後、'07年11月に東京(11月3日、品川ステラボール)と福岡(11月4日、Zepp福岡)で催されたラテン音楽フェスティバル〈Animate!〉への出演のため、カフェ・タクーバ、カバス、タンゴ・ネグロ・トリオらと共に一度来日したことがある。当時、日本ではまだ知る人ぞ知る存在だったと思うが、その後、日本でも人気が高いアルモドバル映画への出演によって、彼女の知名度は飛躍的に上がった。最新作である'15年10月発表の6thアルバム『Vivir Sin Miedo』は、ずっとスペイン〜キューバ音楽を軸にしていた彼女が、新たにレゲエの要素も取り入れながら、ネオ・ソウル的だったデビュー作以来、久々にアメリカのコンテンポラリーR&Bに接近したポップな快作。音楽ファンに大きく間口が開かれた絶好の時期、ブルーノート・ジャパンの力によって、ブイカの初の単独来日公演が実現した。しかも、ブルーノート東京公演だけでなく、新日本フィルハーモニー交響楽団と共演するホール公演まで用意されたのだから、彼女の来日を待ちこがれていた私には全く夢のようだった。

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ブルーノート東京、開演前のブイカのステージ

 まずは'17年3月4日(土)、ブルーノート東京の2ndショウ。意外にも、会場は超満員だった。ブイカのアルバムはまともに国内盤も出ていないし、彼女に関する熱心な日本語テキストもネットではあまり見かけない。一夜限りのクラブ公演ということもあるだろうが、びっしり人で埋まった店内を見て、ブイカを待っていた人たちが日本にこんなにもいたのか、と驚いた。客層は40代〜60代が中心で、客席には白髪のカップルも目立つ。黒人音楽ファンというよりは、ラテン音楽ファンが多く詰めかけているような印象を受けた。

 定刻をやや過ぎた20時8分、ブイカを除く5人のメンバーたちがステージに登場。フラメンコにもジャズにも聞こえる12/8拍子の奇妙な演奏に乗って鮮やかな朱色ドレス姿のブイカが現れると、場内から大きな拍手歓声が沸き起こった。ブイカ、小っちゃい! 初めて間近で見る彼女は、想像していたより二回りほども小さかった。ブルーノート東京公演の前日、彼女はNHKの朝の情報番組〈あさイチ〉に生出演しており、その際、番組共演者のグッチ裕三と楽屋前で撮ったツーショット写真がインスタグラムに投稿されているのだが、それを参照する限り、彼女の身長はグッチ裕三とほぼ同じである。グッチの実寸は知る由もないが、その点からも彼女がいかに小柄な女性であるかが分かると思う。顔をクシャクシャにして観客に満面の笑顔を見せる彼女の口からは、トレードマークの真っ白なすきっ歯が覗く。両腕には美しい刺青。間違いなくブイカだ。目の前に現れた彼女を見て、私は、ずっと会いたかった人に初めて会ったときに必ず感じる、歓喜と驚きが入り混じった強い感動を覚えた。

 “Boom!”という強烈な第一声に続いて、ブイカはのっけから力強い歌声を聴かせた。オープニングは、バタバタした三連ビートと緩やかなレゲエのリズムが入れ替わり登場する風変わりな曲。歌部分は4/4拍子のレゲエだが、イントロ〜間奏〜アウトロで聴かれるスウィング感のないスクエアな12/8拍子は、彼女のルーツであるフラメンコに由来するものだ。曲想としては、アフロキューバンとスウィングのビートが交互に登場する「A Night In Tunisia」などに近いものがある。フラメンコとレゲエという異なるリズムの対比が、ブイカの音楽の折衷感覚を実に分かりやすく示していた。それらをしっかり結びつける彼女のヴォーカルの普遍的なブルース感も凄い。

 このオープニング曲は何なのか。全く知らない曲だった。歌詞は英語。“Like a hunter in the dark, I feel your tiger eyes”という終盤の印象的なリフレインを手がかりに調べてみると、今回のツアーで「Tiger Eyes」という曲をやっていることが分かった。恐らく新曲だろう。最新作『Vivir Sin Miedo』のレゲエ志向の更なる深化を感じさせる文句なしの幕開け。間奏での“オハヨウゴザイマス!”という挨拶も訴求力たっぷりだ(笑)。

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中央のブイカを半円状に取り囲むメンバーたち

 バンドの編成は、向かって右から、カホン、カホン+ドラム、5弦エレキ・ベース、フラメンコ・ギター、トロンボーン兼キーボード。これら5人の演者たちが、観客のいる正面ではなく、ステージ中央のブイカ──専用の絨毯の上で裸足で歌う──の方を向いて弧を描くように並ぶ。中央の演者を他の演者たちがイスに座って半円状に取り囲む同様の配置は、フラメンコの舞台でよく見られるものだ。

 一番右端のカホン奏者は、2nd『Mi Niña Lola』時代からずっとブイカを支えてきた盟友、ラモン・ポリーナ。パコ・デ・ルシア、トマティート、アントニオ・カナーレス、ホアキン・コルテスといったフラメンコ界の先鋭たちとも共演してきたマエストロだ。もう一人のパーカッション奏者のピラーニャは、カホンに座ってドラムセットに向かい、2つを同時に素手で(時に片手だけスティック持ちで)叩くという器用な演奏を見せる。この“ダブル・カホン+ドラム”という打楽器隊は強烈だった。また、今回の来日公演では、元々ツアーに参加していたエレキ・ギター奏者に代わり、サラ・バラスやトマティートらとの共演歴を持つヘスス・デ・ロサリオというフラメンコ・ギター奏者(彼のギターにはトマティートのサインが入っているがバンドに加わっていたのが大きかった。フラメンコ・ギターとカホンを中心にしたフラメンコ・サウンドに、トロンボーンとエレキ・ベースが程良くジャズ・テイストを加える。トロンボーン奏者のサンティアゴ・カニャダはキーボードも兼任したが、装飾的なオルガンのコード弾き程度で、メインはトロンボーン演奏。ピアノ奏者と多く組んできたブイカだけに、ピアノレスという点が寂しい気もしたが、その分、今回の公演はフラメンコ色がストレートに打ち出され、彼女のコアな部分がより強く感じられる内容になっていた。

 ホスエ・ロンキオというベース奏者もかなりの達人だ。2曲目は彼のベース・ソロから始まった。スキャットをしながら速弾きのジャジーなソロをしばらく聴かせた後、そこにカホンの高速12拍子ビートとブイカのパルマ(フラメンコの手拍子)が加わり、徐々にフラメンコ度が上がっていく。最終的に彼は5弦エレキ・ベースをまるでフラメンコ・ギターのように激しく掻き鳴らした。まさにフラメンコ・ベース。これには場内から驚き混じりの歓声が上がった。ベース・ギターはフラメンコでは基本的に使われない楽器だが、彼の演奏はきちんとその精神を感じさせるものだった。

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衝撃の元祖「Santa Lucía」収録──ミゲル・リオス『Rocanrol Bumerang』(1980)、ロケ・ナルバハ『Un Amante De Cartón』(1981)。“ロックンロール・ブーメラン”って一体……

 ロンキオのベース・ソロを導入に始まったのは、5thアルバム『La Noche Más Larga』(2013)に収録の「Santa Lucía」。ナポリ民謡の「Santa Lucia」ではなく、ベートーベン「喜びの歌」をポップ・ソング化した「A Song Of Joy」(1970)の世界的ヒット(全米14位)で知られるミゲル・リオス Miguel Ríos というスペインの大物ロック歌手の'80年のヒット曲のカヴァーである。曲を書いたのはロケ・ナルバハ Roque Narvaja というアルゼンチンの歌手で、彼の自演版も翌年に発表されている。原曲は、ジャーニーやフォリナーがやりそうな典型的な'80年代スタジアム・ロック・バラード(ロネッツ「Be My Baby」を思い切り甘ったるくしたようなラヴ・ソング。ブルース・スプリングスティーン的でもある)なのだが、ブイカはこれを激クールなアフロキューバン・ジャズに変えた。この曲がなんでこうなるんだ!というくらい違うので、未聴の方は是非、オリジナルのリオス版ナルバハ版とブイカのカヴァー版を聴き較べて欲しい。ニーナ・シモンも真っ青の信じられない解釈だ。

 スタジオ版はピアノ、ベース、ドラムのトリオ演奏による完全なジャズ・サウンドだったが、今回の公演ではカホンのビートを強調し、ブレリア(12拍子で進行するフラメンコの代表的リズム)調のフラメンコ感溢れる演奏を聴かせてくれた。マイナー・ペンタトニックのブルージーなベース・ライン──これが編曲の要になっている──をユニゾンでなぞるトロンボーンも印象的だ。哀愁を帯びたトロンボーンの音色は、フラメンコとも実に相性が良い。カホンの扇情的なビートと共に、ブイカのヴォーカルもどんどん熱気を増していった。そのサウンドには“アフロキューバン・ジャズ・フラメンコ”という呼び名がしっくりくる。これぞブイカ!という「Santa Lucía」の快演に、客席からは大きな拍手喝采が沸き起こった。

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「Pizzica Di Torchiarolo」収録──エンツァ・パリアーラ『Frunte De Luna』(2009)
「Dios De La Nada」収録──カマロン・デ・ラ・イスラ『Viviré』(1984)


 私が観たブルーノート東京の2ndショウには、過去にスタジオ録音が発表されていない新レパートリーが5曲も含まれていたが、特に光っていたのは、3曲目に披露された「Pizzica Di Torchiarolo」である。“ピチカ”というのは、イタリアのサレント地方に伝わる、タランテラに似た伝統的な舞曲、またはその踊りのこと。「Pizzica Di Torchiarolo」は、その名の通り、同地方のトルキアローロという町のピチカである。この民謡は、エンツァ・パリアーラ Enza Pagliara というイタリアの女性フォーク歌手が'09年に秀逸なヴァージョンを発表している。

 いかにもイタリア民謡風のこの曲を、ブイカはルンバ・フラメンカのスタイルで見事に自分のものにしていた。スペインの民謡かと思うくらいのハマり具合である。ブイカなら恐らく日本の民謡でさえ易々と自分のレパートリーにしてしまうだろう。

 '16年8月、ブイカはイタリアのサレント地方で毎年開催される伝統音楽祭〈Notte della Taranta〉に出演した際、この「Pizzica Di Torchiarolo」を歌ったようだ。“Na ni na ni, nah nah ni na nah na”というスキャット風のサビはダンサブルかつ激キャッチーで、一度聴いたら忘れられない印象を残す。ブイカはこの曲を腰を揺らしながら軽快に歌った。彼女の新たな代表曲にもなり得る素晴らしいカヴァーなので、これは是非とも次のアルバムに収録して欲しい。

 続いて披露されたのは、これまたスタジオ録音未発表のカヴァー曲「Dios De La Nada」。カマロンの'84年のアルバム『Viviré』の収録曲を取り上げたものだ。カマロン・デ・ラ・イスラ Camarón de la Isla は'92年に41歳で夭折した現代フラメンコの大歌手。パコ・デ・ルシアと共にフラメンコの新時代を築いた人物で、シャンソン界で言うとジャック・ブレル、レゲエ界で言うとボブ・マーリー並みのレジェンドである。当然ながら、後続のフラメンコ演者たちは皆、彼をリスペクトしている。フラメンコの巨匠たちへのトリビュートを散りばめたサラ・バラスの舞台『ボセス〜フラメンコ組曲』('15年9月21〜22日、東急シアターオーブ)にも、パコ・デ・ルシア、アントニオ・ガデス、エンリケ・モレンテ、モライート・チーコ、カルメン・アマジャと並んで、カマロンに捧げられた一幕があった。

 ブイカもまたカマロン信奉者の一人に違いない。原曲に忠実なブレリアの演奏で披露された「Dios De La Nada」は、フラメンコに対する彼女の忠誠をはっきり示すものだった。前述の通りブイカは小柄な女性だが、その焼け焦げた歌声には男性フラメンコ歌手にも引けを取らない迫力がある。レッドゾーンを超えまくる彼女の歌声はとにかく圧倒的だった。

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ジャンルを超越するブイカの歌声

 カヴァーが2曲続いたところで、ようやく馴染みのある曲が登場した。3rdアルバム『Niña De Fuego』(2008)収録の「Volverás」。自身のレーベル、Casa Limónにブイカを招き、彼女を見事に成功に導いたスペインの名プロデューサー/ギタリスト、ハビエル・リモン Javier Limón とブイカが共作した美しいスロー・バラードだ。自分を捨てた恋人への未練を滲ませた歌詞は「Cry Me A River」や「Lover, Come Back To Me」を彷彿させる。

 スタジオ版は、後に『La Noche Más Larga』で大活躍するキューバ人ピアニスト、イバン・メロン・ルイス Iván "Melón" Lewis──Casa Limónから『Travesía』(2010)というリーダー作も発表している──の演奏が冴えた格調高いジャズ編曲だったが、今回の公演では元の6/8拍子を4/4拍子に変え、ギターやトロンボーンを使うことで、かなり土臭さを感じさせる演奏になっていた。

 劇的な高揚感を伴うメロディに乗って、ブイカは一気に感情の高みへ上り詰める。その歌声はシャンソン歌手のようにも、フラメンコ歌手のようにも、ソウル歌手のようにも聞こえる。ジャンル分けやタグ付けなど、彼女の普遍的な歌の前では何の意味もなくなってしまう。人種、国籍、宗教、あらゆる壁を超越した丸裸の感情が迫ってくる。彼女の歌声をしみじみと聴いているうち、私の目には自然と涙が込み上げてきた。なんと真っ直ぐで、スケールの大きな歌声だろう。「Volverás」は今回の公演の中でも特に感動的な一曲だった。

 そして、前日の〈あさイチ〉でも披露された必殺曲「Jodida Pero Contenta」が登場。演奏前にブイカがスペイン語のタイトルを英語で説明してくれた。

「次の曲は……とても不躾で、行儀が悪いです。慎むべきとは思いますが、そうはいきません。私は正直だからです。私はいつも本当のことを言います。そうでない時もありますが、ステージの上では真実を語ります。次の曲は“I'm fucked but I'm happy”といいます。この曲を東京の“fucked & happy”な人たちに捧げます」

 ブイカの言う通り、“jodida”は英語の“fucked(クソったれ、散々、酷い目に遭って)”に当たる汚い言葉である。“クソだけどいい気分(fucked up but content)”というタイトルのこのオリジナル曲は、男に裏切られた女が彼を捨て、へこたれずに胸を張って生きていく様を歌っている。1st『Buika』収録のネオ・ソウル版、2nd『Mi Niña Lola』収録のアフロキューバン版、YouTubeで動画が公開されている'06年のルンバ・フラメンカ版(デラックス版『Mi Niña Lola』のボーナスDVDに収録)、いずれもカッコいい。

 今回は2ndのアフロキューバン版をフラメンコ寄りにした演奏を聴かせてくれた。アイコンタクトを取りながら怒濤の勢いでシンコペーション・ビートを刻むラモン・ポリーナとピラーニャのカホン&ドラム、ヘスス・デ・ロサリオの流れるようなギター、ホスエ・ロンキオの激しくうねるベースが複雑に絡み合い、凄まじいドライヴ感を生む。そして、そこに乗っかるトロンボーンの哀愁たっぷりのソロ。“クソだけどいい気分”というタイトル通り、色んな感情が渦を巻いて疾走しているようなサウンドだ。ずっとダブルタイムで刻まれていたBPM240超えの猛烈な高速ビートが、終盤のリフレイン部分(“Tonta, todo en la vida se paga”)でハーフ(通常)タイムの120に切り替わるアレンジが痛快。最後に吹っ切れるようなこの曲展開は、失恋から立ち直る歌詞の内容ともばっちり合っている。この必殺曲をフルバンドの生演奏で喰らえたのは最高だった。

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「Ni Contigo Ni Sintigui」収録──マンサニータの2ndアルバム『Espiritu Sin Nombre』(1980)、ベスト盤『Oro』(1995)

 “タンゴをやりましょう。タンゴ・フラメンコです”というブイカの紹介で、またレアなカヴァー曲が披露された。マンサニータ Manzanita というフラメンコ・ポップ歌手が'80年に発表した「Ni Contigo Ni Sintigui」という曲だ。

 バックビートに重点を置くミッドテンポの軽快な4拍子系のリズム、または曲種のことを、フラメンコでは“タンゴ(tangos)”と言う。ダウンビートを強調するアルゼンチンのタンゴとは全く別物なので要注意だ。ロックンロールサーフ・ロックのビート(ズンタタッ、ズンタッ)を緩やかにしたようなタンゴの乗りは、フラメンコ初心者にも非常に親しみやすい。これをポップスに応用した「Ni Contigo Ni Sintigui」は、スパニッシュ・ギターの美しい音色と、ジプシー音階の呪文のようなメロディが病みつきになる名曲。ブイカのカヴァーはマンサニータのオリジナル版に忠実なものだったが、彼女のオリジナル曲かと思うくらいのハマり方だった。終盤でダブルタイムを刻むピラーニャのドラムが熱い!

 ブイカのカヴァーをきっかけに、私はマンサニータに興味を持った。'78〜'85年のCBS在籍時代(1st〜6thアルバム)の曲を集めた彼のベスト盤『Oro』(1995)を試しに買って聴いてみると、これがとんでもなく素晴らしい。マンサニータは、パコ・デ・ルシアやカマロン以降に登場した“ヌエボ・フラメンコ”と呼ばれるフュージョン・フラメンコの潮流に属するアーティストの一人で、'80年代前半を中心に、フラメンコに根ざした傑作アコースティック・ポップ作品を数多く残している('84年には、ブイカも『Niña De Fuego』で取り上げたシャルル・アズナブール「La Boheme」を自らの訳詞で歌ってもいる)。フラメンコ・ポップは英米ポップ・ミュージックのフォーミュラを借用しただけの安易な折衷ばかりで、個人的にはダサくて聴けないと思っていたが、マンサニータはそうした私の固定観念を打ち崩すアーティストだった。彼の音楽は、後にフランスから登場したジプシー・キングスの先駆けのようにも聞こえる。ジプシー・キングスが好きな人は絶対にマンサニータも気に入るはずだ。

 ジャズ、ロック、ポップなどの要素を取り入れた新たなフラメンコ=ヌエボ・フラメンコが'80〜'90年代に興隆した後、'00年代にネオ・ソウルと呼応し、“アフロ・スパニッシュ新世代”を標榜して登場したのがブイカである。ヌエボ・フラメンコの流れを汲む彼女に、マンサニータ(残念ながら'04年に48歳で他界している)のカヴァーがハマるのは当然かもしれない。ブイカのコンサートは、多くの感動と同時に、こうした馴染みのないスペインのポップ・ミュージックに関する貴重な発見を与えてくれるものでもあった。

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「Siboney」収録──エルネスト・レクオーナ『Lecuona Plays Lecuona』(1955)、レクオーナ・キューバン・ボーイズ『Lecuona Cuban Boys 1935-1938』(1991)

 “本気でいくわよ! これまではウォーミング・アップよ”。マンサニータのカヴァーを終えると、ブイカはオフマイクで少し冗談っぽくそう言ってマイクスタンドを脇にどけた。ずっと圧倒されっぱなしだというのに、“これまではウォーミング・アップ”ってどういうことだよ……。コンサートはいよいよ佳境。披露されたのは「Siboney」だった。

 キューバの原住民、シボネー族の娘への恋慕を歌った「Siboney」は、ポピュラーとクラシックを股に掛けた作曲活動を行い、“キューバのガーシュウィン”とも言われた音楽家、エルネスト・レクオーナ Ernesto Lecuona(1896〜1963)の'29年発表作。ドミニカ共和国のエドゥアルド・ブリトー Eduardo Brito という歌手が'31年にヒットさせて以降、ポピュラー・スタンダードとして世界中に広まった。日本でも「思い出のハヴァナ」のタイトルで和製ジョセフィン・ベイカーの川畑文子が歌い、'34年(昭和9年)にヒットさせている。

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「Ti Ricordi di "Siboney"」収録──サントラ盤『Amarcord』(1973)
「Siboney」もどきの名曲「Pin Penin」収録──サントラ盤『Il Casanova』(1976)


 強い郷愁を誘うこの名曲──故郷キューバへの思慕を表現したとも言われる──に、私は長年、フェリーニ映画のサントラ盤を通して親しんでいた。ニーノ・ロータ(とフェリーニ)はよほどこの曲が好きだったらしく、『アマルコルド』(1973)で実際に楽曲を使用した後(「Ti Ricordi di "Siboney"(シボネーをおぼえているか)」)、続く『カサノバ』(1976)では、「Siboney」を換骨奪胎したような「Pin Penin」という名主題曲を作っている(インストの「Pin Penin」の他に「Canto della Buranella」というヴォーカル版もあり)

 また、ダシール・ハメット原作の米サスペンス映画『第三の影』(1939)の劇中には、レニ&エステラ René y Estella というキューバの男女ダンス・コンビが、ナイトクラブで「Siboney」に合わせて不思議な回転ダンスを披露する大変に素晴らしい場面がある。レクオーナが結成したルンバ楽団、レクオーナ・キューバン・ボーイズによる'37年の録音('91年のアンソロジーCD『Lecuona Cuban Boys 1935-1938』等に収録)や、レクオーナが自作曲をピアノで自演した'55年の名盤『Lecuona Plays Lecuona』('97年の2枚組CD『Lecuona: The Ultimate Collection』に丸ごと収録)の絶品のピアノ独奏版とあわせて、この曲が好きな人には視聴をお勧めしておきたい。

 “本気でいくわよ!”と言うだけあって、今回のブイカの「Siboney」はとんでもないものだった。アルバム『La Noche Más Larga』の華麗な高速アフロキューバン版が、更にアフロ度を増してプリミティヴになったような演奏。三連のシンコペーションでフラメンコ感を加えながら鬼の高速ビートを刻むリズム隊はもちろん、ブイカのヴォーカルのテンションがとにかく尋常でない。冒頭からアフロっぽいスキャットを繰り出し、火のついたバンド演奏にどんどん油を注いでいく。

 スペインとアフリカの両方に起源を持つキューバ音楽は、アフリカ系スペイン人であるブイカにとって、まさに自分のアイデンティティを体現する音楽だと思う。しかし、彼女はキューバ人ではない。更に言えば、彼女は人種的にはスペイン人でもなく、国籍的にはアフリカ人でもない。ブイカには明確に“故郷”と呼べる場所がない。彼女は、キューバの原住民であるシボネー族──スペインによる植民地支配の過程で遥か昔に絶滅した──への思いを歌った「Siboney」に、失われた自分の故郷への思いを重ねているのかもしれない。まるで自分のルーツを求めてもがくような激演。今回の公演には無数に感動的な瞬間があったが、「Siboney」こそは最大のハイライトと呼ぶに相応しいものだった。

 圧巻の「Siboney」が終わると、またまた知らない曲が登場した。スペイン語と英語のチャンポンで歌われるマイナー調のメランコリックなスパニッシュ・レゲエ。タイプとしては、最新作の表題曲「Vivir Sin Miedo」に近い。冒頭の「Tiger Eyes」と同じく、昨年からツアーのセットリストに組み込まれている新曲で、タイトルは「Hijos De La Luna(月の子供たち)」。間奏でブイカが“私たちの愛に捧げる歌です”と説明していた。泥臭さと幻想的な雰囲気を併せ持つ、実に魅力的な曲だ。コール&レスポンス形式のフック(“Todos somos hijos de la luna(私たちはみんな月の子供)”)、トロンボーンの侘しい音色、フラメンコ・ギターの神秘的なソロ……どれも素晴らしい。『Vivir Sin Miedo』のレゲエ/ダブ路線に感銘を受けた私は、一発でこの曲が気に入った。ジャズ、R&B、キューバ音楽と同様、アフリカン・ディアスポラの音楽であるレゲエへの接近は、ブイカにとってごく自然なものである。彼女は'17年2月に発売されたメタ&ザ・コーナーストーンズ Meta & The Cornerstones というセネガル出身のルーツレゲエ・バンドの最新作『Hira』にも2曲で客演している。レゲエは彼女の次回作でも重要な要素になるはずだ。どんな音を聴かせてくれるのか楽しみで仕方ない。

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「Mi Niña Lola」「Te Camelo」収録──ペペ・ピント『Antología La Época Dorada Del Flamenco』(2005)、『Great Interpreters Of Flamenco: Pepe Pinto 1930-1940』(2011)。どちらも全く同じ20曲を収録しているが、iTunesで試聴する限り、後者の方が音質が良い

 開演から約1時間が経過した21時6分頃、ラモン・ポリーナから業務連絡を受けたブイカが観客に言った。“あと4分しかないんだって。そんなー!”。右端のラモン・ポリーナから順にメンバーを紹介した後、“バイバイなんて言えないわ。お別れを言う代わりにルンバ・フラメンカをやります”と言って最終曲が始まった。

 演奏されたのは、出世作『Mi Niña Lola』から「Te Camelo」。“カンテ(フラメンコの歌)の女王”と言われるスペインの伝説の歌姫、ラ・ニーニャ・デ・ロス・ペイネス La Niña de los Peines(1890〜1969)の夫で、同じくフラメンコ歌手だったペペ・ピント Pepe Pinto(1903〜1969)の'30年代の古典曲を取り上げたものだ。ブイカの代表曲になっている『Mi Niña Lola』の表題曲も、同じくペペ・ピントの持ち歌である。彼女は前言の通り、ブレリア形式のペペ・ピント版とも、ティエント(タンゴの低速版)風情のしっとりとした『Mi Niña Lola』版とも違う、激しいルンバ・フラメンカ版で「Te Camelo」を披露した。

 ブイカがよくやる“ルンバ・フラメンカ”というのは、先述のタンゴと同様、フラメンコの代表的な4拍子系のリズム/曲種のことである。タンゴ・フラメンコとルンバ・フラメンカは時によって区別が難しいが、往々にして、前者がバックビートを軸にした単調で緩やかな乗りであるのに対し、ルンバのフラメンコ解釈である後者は、細かいシンコペーションが利いたダブルタイム感覚のスピーディーな乗り──タンゴより速く感じられるが、必ずしもテンポ自体が速いとは限らない──が特徴的である(と思う)。ギターを16分音符でジャカジャカ掻き鳴らすルンバ・フラメンカの情熱的な演奏は、ジプシー・キングスで日本人にもお馴染みのものだ。フラメンコ史におけるルンバは、恐らく寿司におけるカリフォルニア・ロールのようなものだと思うが、日本国内でもカリフォルニア・ロールがよく食べられるように、ルンバはフラメンコの型のひとつとして本場スペインでもきちんと認められている。有本紀明・著『フラメンコのすべて』(2009/講談社)という本には“ルンバが真のフラメンコの深さに欠けることは確かだが、観光的で軽薄なフラメンコを越え、普遍的な価値を得るにいたったことも事実である”と書いてある。伝統的なフラメンコ支持者の中にはルンバ・フラメンカを軽視する人もいるのだろうが(そういう人には“レゲエ・フラメンコ”など以ての外だろう)、フラメンコとキューバ音楽のフュージョンをやっているブイカにはこれが実に合う。

 ルンバ・フラメンカ版「Te Camelo」は、イントロで繰り広げられたラモン・ポリーナとピラーニャによるカホンの高速ビートの掛け合いから激烈だった。アフロ乗りのカホンのビートと、ジプシー音階でルート音を前後する僅か3音のリフだけをバックに、ブイカが堂々としたカンテを聴かせる。その声の揺るぎなさと、大地のようなスケール感に再び圧倒される。フラメンコとアフロビートが合体したような疾走感溢れる演奏は、完全に鬼に金棒状態だ。“Que desde la tierra al cielo / To lo trasmina”の一節をリフレインにした曲構成(ここにルンバっぽさがよく出ていた)も原曲とは大きく異なっていた。原型をとどめないくらいに改造されたアフロ・ルンバ・フラメンカ仕様の古典曲「Te Camelo」は、様々な伝統を引き継いだ彼女の個性を改めて強烈に印象づけるものだった。

 「Te Camelo」の熱演を終えてメンバー全員がステージ前方に並ぶと、それまで座って演奏を聴いていた観客たちが次々と席から立ち上がり、万雷の拍手喝采を送った。日本人にはスタンディング・オベーションをする習慣がないが、このときはその現象がごく自然に起こった。自分の魂をさらけ出すような彼女のパフォーマンスに対して座ったまま大人しく拍手を送ることは、いくら日本の習慣とはいえ、観客の態度としてあまりにも不十分に感じられた。どこまでも正直な彼女の歌に対して、こちらもできる限り正直に感動を表明したい。スタンディング・オベーションは当然のことだった。

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「Ojos Verdes」収録──コンチャ・ピケール『Lo Mejor De Conchita Piquer』(1990)、6枚組CDボックス『Antología』(1999)。「Ojos Verdes」のスタジオ録音には、ギター伴奏のみの素朴な'40年版と、オーケストラ伴奏による'54年版の2つがある(6枚組ボックスは両方を収録)

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現代のスペインの歌手によるコプラ集(「Ojos Verdes」収録)──マルティリオ『Coplas De Madrugá』(1997)、カルロス・カノ『La Copla, Memoria Sentimental』(1999)、ミゲル・ポベダ『Coplas Del Querer』(2009)。「Ojos Verdes」は多くの歌手が取り上げているが、ここではブイカに比較的近いセンスを持つ3人の解釈を挙げておく(マルティリオは特にお薦め。この人はヤバい。彼女の'13年の最近作『De Un Mundo Raro』は、ブイカの4th『El Último Trago』と同じくチャベラ・バルガス作品集)

 いったんステージを下りたブイカたちだったが、観客の拍手は大きくなる一方だった。結局、楽屋までは戻らず、受付カウンターがある入口付近から引き返し、すぐにアンコールが行われることになった。

 まず聴かせてくれたのは、3rdアルバム『Niña De Fuego』からのシングル曲だった「No Habra Nadie En El Mundo」。ブイカのプロデューサー、ハビエル・リモンが書いたタンゴ・フラメンコ調の軽快な曲。イントロでブイカが、自分の来日に尽力してくれたブルーノートのオーガナイザーのタクシ(タケシ?)さんとアリサさんに曲を捧げると言った。元のスタジオ版とは一味違うボサノバ風情の涼やかなギターのバッキングが気持ちいい。ブイカは古典曲の解釈も素晴らしいが、こうしたオリジナル曲も本当に魅力的だ。

 幕引き曲は『Mi Niña Lola』の「Ojos Verdes」。コンチャ(コンチータ)・ピケール Concha Piquer(1906〜1990)というスペインの女性歌手が'40年に歌った有名曲のカヴァーである。ブイカは『Mi Niña Lola』と、続く『Niña De Fuego』で、'30〜'50年代にスペインで親しまれた“コプラ(copla)”と呼ばれる大衆歌謡曲を大々的に取り上げ、丁寧な解釈で現代のリスナーに紹介した。コプラは伝統的なフラメンコとは異なる、ゴージャスなオーケストラ演奏を伴ったロックンロール時代以前のスペインの一般的な流行歌である(ペペ・ピント「Mi Niña Lola」もそのひとつ)。コンチャ・ピケールは“コプラの女王”と言われた大歌手で、「Ojos Verdes(碧い瞳)」──娼婦と行きずりの男の一夜の恋を歌った切ないバラード──は彼女の代表曲のひとつ。同曲をはじめとするコプラの名曲群は、ブイカだけでなく、多くのスペインの歌手たちによって歌い継がれている。現代の日本の歌手が往年の昭和歌謡をカヴァーするのと似たような感覚かもしれない。

 ブイカは、ドラマチックで情熱的なピケール版とも、ピアノ伴奏のしっとりとした『Mi Niña Lola』版とも違う、驚くべきアレンジで「Ojos Verdes」を披露した。アカペラで1番の歌詞を歌った後、カホンの緩やかなリズムに乗って2番。感傷的に終わりを迎えるはずの仮初めの恋の歌は、その後、劇的に勢いを増して、最終的に底抜けに明るいチャチャチャ(!)になった。完全に意表を突く展開だった。大勢に歌われている「Ojos Verdes」だが、こんな大胆なアレンジで歌った歌手はどこにもいないはずである。なぜこんな解釈になったのか?

 「Ojos Verdes」は、1番で娼婦と男の出会い、2番で情熱の一夜、3番で明け方の別れが歌われる。ブイカは2番の結びの“(あなたの瞳は)レモンの碧のように碧い”という一節をリフレインにして曲をエンディングに持ち込み、男との別れを描く3番を歌わなかった。つまり彼女は、娼婦と男の一夜限りの関係に自分と観客の関係を重ね合わせ、「Ojos Verdes」から別れの結末を省くことで、コンサート自体をサヨナラ無しのハッピーエンドにしたのである。“あなた”の瞳の色である“碧”は、軽快なチャチャチャの演奏に乗って、最後に晴れやかな空の色に変わっていた。歌詞を知るスペイン人なら、このアレンジがどれほど粋かよく分かるだろう。最後に待っていたのは“別れ”ではなく、“祝い”だった。素晴らしいとしか言いようがない。これが泣かずにいられるだろうか。

 「Ojos Verdes」の快演を終えると、ブイカをはじめとする6人のメンバーが改めてステージ前方に並んだ。ここで再びスタンディング・オベーションになったのは言うまでもない。こちらの120%の期待度に対して、ブイカは見事に200%のパフォーマンスで応えてくれた。20時8分開演、21時26分終演。全12曲。あまりにも名残惜しい、78分間の感動的なひとときだった。


ELLA VOLVERÁ──彼女は戻ってくる

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演奏終了後、次々と立ち上がって拍手を送るブルーノート東京の観客たち

 ブイカという美しい木がある。その地面を掘れば、様々な方向に根が張り巡らされているのが分かる。フラメンコ、コプラ、キューバ音楽、ジャズ、ソウル、アフロビート、レゲエ、イタリア民謡……。今回の公演で確認できたこれらの要素に加え、彼女はアルゼンチン・タンゴやメキシコ民謡、シャンソンなども自分の養分としている。その根の地理的・歴史的な広がりには驚くばかりだが、更に驚くのは、彼女の音楽がそのような情報量を少しも感じさせないということである。いかにも色んな要素が詰まった感じのするミクスチャー音楽ではない。分厚い研究書のような音楽アーカイヴでもない。彼女の音楽は、まるで大地に立つ一本の木のように簡潔でさり気ない。その佇まいには、どんな人の心にも自然と染み入る美しさがある。

 様々な人種や民族のルーツの上に成り立ち、どこにも帰属し得る普遍性を持ったブイカの音楽。赤道ギニアからスペインに移住した両親の下に生まれ、アフリカ系スペイン人として育った彼女の生い立ちが、そこに深く関係しているのは間違いないだろう。自分の出自について、ブイカはこう話している。

「アイデンティティというのは私にとって不可解なものよ。私はパルマ・デ・マヨルカの生まれだけど、両親はアフリカのギニア出身。でも、私は両親の国に一度も行ったことがないの。小さい頃、スペイン人の友達に“私はスペイン人よ”と言うと、“違うよ、アフリカ人だろ。両親はここの人じゃないもの。スペイン人じゃなくてアフリカ人だ”と言われた。“そっか”と言って、家に帰って家族に“私はアフリカ人ね”と話すと、“おまえはアフリカ人じゃないよ。アフリカに行ったこともないし、木登りだってできやしない。アフリカの言葉だって話せない。そんなアフリカ人がどこにいる?”と笑われたわ。
 私は自分のアイデンティティについて不安を抱えながら育った。でも、色んな場所へ行くようになり、自分のような人たちが世界中にたくさんいることを知って、故郷というのは必ずしも自分が生まれた場所ではなく、自分がそうだと感じる場所はどこでもそうなんだと分かった。私は自分を愛してくれるすべての人たちや、笑顔のある世界中のあらゆる場所と繋がっているの」(7 March 2014, The New Zealand Herald)

 公演中、ブイカが観客に度々言った“アリガトー!”という日本語が強く印象に残っている。彼女が顔をクシャクシャにして言う“アリガトー!”は、不思議なことに、日本人が言う“ありがとう”より感謝の気持ちがストレートに伝わってくる。下町のオバちゃんみたいな彼女の屈託のないキャラには、その歌声と同様、初対面の観客の心を自然と開かせる力があった。服を着ているのに、まるで裸のように感じられる人。ブイカの印象をひとことで言うと、そんな感じである。とても他人とは思えない。彼女と私たちの血はきっとどこかで繋がっている──その歌声や人柄に接すると、そんな風に思えてくる。

 コンサートを締め括った「Ojos Verdes」。そのパフォーマンスの最中、ひとつ印象深い場面があった。最後にそれについて書くことにしたい。

 ブイカはアカペラで1番を歌った後、2番を歌い出す前にちょっと間を置き、最前列に座っていた年配の女性客に歩み寄ると、英語でこう言った。

「マミータ、観客の中からあなたを選んで贈り物をします。何か物を残していくと、その場所にまた舞い戻ることになるというからです。私が戻ってくるまで、どうぞこれを持っていてください」

 ブイカはそう言って、左の中指にはめていた大きな指輪をその女性客に贈った。また日本に来られるよう、願をかけたのである。“あなた”と“私”の出会いを祝福し、両者の再会を祈念するような「Ojos Verdes」のアレンジとも合致する、なんとも粋な贈り物だった。

 ブイカは戻ってくるだろう。彼女は一人の女性客に指輪を残しただけではない。彼女はその夜、会場に集まったすべての観客の心に大きな感動を残していった。彼女は必ず戻ってくる──そう確信させるコンサートだった。


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01. Tiger Eyes
02. Santa Lucía
03. Pizzica Di Torchiarolo
04. Dios De La Nada
05. Volverás
06. Jodida Pero Contenta
07. Ni Contigo Ni Sintigui
08. Siboney
09. Hijos De La Luna
10. Te Camelo
-encore-
11. No Habra Nadie En El Mundo
12. Ojos Verdes

Live at Blue Note Tokyo, March 4, 2017 (2nd show)
Personnel: Buika (vocals), Ramón Porrina (cajón, backing vocals), Piraña (cajón, drums), Josué Ronkío (bass, backing vocals), Jesus De Rosario (guitar), Santiago Cañada (trombone, keyboards)

Buika: Japan Tour 2017
March 4 - Blue Note Tokyo (2 shows)
March 7 - Sumida Triphony Hall, Tokyo

※ブルーノート東京のHPでは、原田和典氏によるライヴ・レポートとあわせて、ブイカの公演のダイジェスト映像(1stショウ)と写真(2ndショウ)を見ることができる。セットリストは不掲載だが、映像を見ると、1stショウでは「Vivir Sin Miedo」他、2ndでやらなかった曲をいくつもやったことが分かる。ブイカは事前にセットリストを決めない主義らしく、私が観た2ndショウでも、その場で曲名を告げてからバンドに演奏させていた。レパートリーは相当な数に及ぶと思われる。78分という公演時間は一晩二公演のブルーノートでは十分な長さだが……あと30分は聴きたかった!



Buika @ Sumida Triphony Hall 2017へ続く



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