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Benjamin Clementine──アレッポヴィルの怪人



 '17年1月、ドナルド・トランプを皮肉ったゴリラズの新曲「Hallelujah Money」に客演し、改めて強烈な印象を与えたイギリスの奇才、ベンジャミン・クレメンタイン。その彼が、'17年5月30日、'15年初頭の1stアルバム以来、2年半ぶりとなる新曲「Phantom Of Aleppoville」を発表した。

 6分半に及ぶ大作「Phantom Of Aleppoville」は、全く趣きの異なる複数のパートから成る組曲風の風変わりなチェンバー・ポップ・ナンバー。複数のキャラクターを歌い分ける一人オペラ状態の演劇的な作風は、劇中劇のように途中で全くの別曲が挿入される「Adios」(2014)や、トランプもどきに扮した「Hallelujah Money」にも通じるが、「Phantom〜」は構成や展開がより大胆で、これまでの彼の作品の中で最も意外性に満ちた怪作になっている。

 “いじめ”を題材にしたこの曲は、幼い子供たちとマント姿のベンジャミンが登場する幻想的な音楽ヴィデオと共に公開された。ベンジャミン扮する“アレッポヴィルの怪人”の正体とは?




 Phantom Of Aleppoville
 (Benjamin Clementine)
 
 いじめっ子:
 問答無用!
 容赦なし!
 一人にしてやる!
 死なせるものか!
 
 子ども:
 やめてよ 仲良くしてよ
 やめてよ 助けてよ
 かまわないでおくれ!
 
 〈怪人、窓から登場〉
 
 怪人:
 いじめっ子ビリー 隠れてないで出ておいて
 いじめっ子ビリー 大丈夫だから
 責めはしない さあ ザアカイよ
 愛の実らぬ木から降りるがいい
 射撃手たちは歌い 薔薇たちが踊っている
 僕にとって 愛と憎しみの違いは
 リゾットとライスプディングの違いと同じ
 犬と見知らぬ人の違いは
 子どもといじめっ子の違いと同じ
 君が僕をいじめるのには訳があると言う人もいるが
 バカな なぜいじめが続くのか 君にも僕にも
 誰にも分かりっこないんだ だからビリーよ
 
 〈蠅だらけのハエが登場し、通り過ぎる〉
 
 ハエ(背後でそれとなく繰り返す):
 バランスをとれ! バランスをとれ! バランスをとれ!
 
 怪人(続けて):
 責めないよ ビリー いじめっ子 ビリー
 大丈夫だ
 いいんだよ
 やって来るあれが乳母車なら さあ 祝おうか
 願おう 成長するにつれ 折り合いがつけられるよう
 
 ハエ(さりげなく割り込んで):
 バランスをとれ! バランスをとれ! バランスをとれ!
 
 怪人(子どもに向かって):
 いじめっ子ビリーよ!〈両者、互いに抱き合う〉
 
 昨日の仇は赦しに帰す
 終わりなき彷徨
 果てしなき彷徨
 
 〈退場せず〉
 
 
 BULLY:
 No more nonsense!
 And no sensitivities!
 We will leave you alone!
 We wont let you die!
 
 KID:
 O leave me or love me,
 O leave me or help me.
 Leave me alone!
 
 [Tacet]
 Enter Phantom through the window.
 
 PHANTOM:
 Billy the bully, Come on out of your hideout
 Billy the Bully, its alright
 Been forgiven, Come on out Zacchaeus;
 Come down from your sick amour tree.
 Where guns sing, roses are found dancing.
 For me, the difference between love and hate,
 Weighs the same difference between risotto and rice pudding.
 And the difference between a dog and stranger,
 Weighs the same difference between a child and their bully
 Some say they know why you bully me, but I laugh O
 For I know that you know that we will never know why
 They keep the bullying, so Billy
 
 Enter Fly all in flies, passes across.
 
 FLY: (faintly behind and repeatedly):
 Find the balance! Find the balance! Find the balance!
 
 PHANTOM (continues):
 It's forgiven, Billy Bully Bully Billie
 It's all right.
 O its fine.
 And O if that's a pram I see a-coming, then ah congratulations
 Lets hope as the growing grows, we'll be able to handle
 
 FLY: (faintly interrupts and unknowingly): Find the balance!
 Find the balance! Find the balance! Find the balance!
 
 PHANTOM (to Kid): Billy the Bully! (They fall into each other's arms.)
 
 Once a serious case, twice a forgiven case
 The Wanderings a-never ending.
 The Wanderings a-never ceasing.
 
 Exit Not.


Zacchaeus, come down from your sick amour tree ザアカイよ、愛の実らぬ木から降りるがいい:ザアカイは、新約聖書、ルカの福音書19章冒頭に登場する金持ちの罪深い徴税人。町にやってきた噂のイエスを一目見ようと木に登る。イエスは木の上の彼を見つけて、“ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい”と申し出る。ザアカイはすっかりイエスのファンになり、“わたしは財産の半分を貧しい人々に施します!”などと言って改心する。群衆に囲まれたイエスを見るため、背の低いザアカイが登った木が“sycamore tree(いちじく桑の木)”だった。ベンジャミンの歌詞表記では、“sycamore”が、同じ発音の“sick amour(恋煩い)”に変えられている。


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「Phantom Of Aleppoville」──木の上に現れた怪人

 上掲の拙訳は、ベンジャミン・クレメンタインの公式サイトで公開されている歌詞に基づく(実際の歌唱とは微妙に異なる箇所もあり)。単純に曲やヴィデオを視聴しただけでは分かりにくいが、「Phantom Of Aleppoville」には、主人公の怪人の他に、いじめっ子、子ども(いじめられっ子)、ハエ(?)という複数のキャラクターが登場している。所々にト書きが入った構成は、歌詞と言うより戯曲に近い。

 複数の海外メディアが伝えるところによると、「Phantom Of Aleppoville」は、イギリスの小児科医で精神分析家でもあったドナルド・ウィニコット(1896〜1971)の著作に触発されて書かれた。ウィニコットの研究によれば、学校や家庭でいじめや虐待に遭った子供の心的外傷は、程度の差こそあれ、戦争で行き場を失った子供が負うそれと共通性があるという。それを知ったベンジャミンは、自身の子供時代の経験を投影しながら曲を書き、子供たちがいじめによって心に傷を負う場所を、シリア内戦の最激戦地となったアレッポに因んで“アレッポヴィル”と名付けた。ベンジャミンの説明によれば、“アレッポヴィルでは、全員ではないが大勢の子がいじめに遭う。だが、その理由は全く謎だ。ファントムのように”ということだ。

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オーソン・ウェルズ監督『審判(The Trial)』(1963)──画家のアトリエで子供たちの容赦ない視線が主人公ヨーゼフ・Kを追い詰める

 ベンジャミンは子供の頃にいじめに遭ったことがあるようだ。いじめっ子たちが襲ってくる序盤の描写は、音/映像共にパラノイアックで薄気味悪く、いじめの不条理と恐怖が上手く表現されているように思う。顔の見えない不特定多数の人間にわけも分からないまま追い詰められていく恐さは、フランツ・カフカ原作/オーソン・ウェルズ監督の『審判』を思い出させる(改めて考えると、あの小説/映画自体、いじめの世界を描いているようにも思える)。ヴィデオの監督は、ベンジャミンの前作「I Won't Complain」(2016)で古い実験映画風のモノクロ映像を撮ったクレイグ・マクディーン(イギリスのファッション写真家)とマーシャ・ヴァシュコヴァ(ロシア出身の映画制作者)のコンビ。今回もシュールで幻想的なセンスが光っている。

 ドビュッシー「月の光」を彷彿させる静謐で美しいピアノ独奏部──ヴィデオでは子供たちが月のような薄い円柱形の物体を転がしている──を挟んだ後、4分過ぎからようやく曲の本編と言えるパートが始まる。6/8拍子の穏やかな伴奏でベンジャミンが歌うのは、自分をいじめた子に対する赦し。“愛と憎しみの違いはリゾットとライスプディングの違いと同じ”という、分かるようで分からないような相変わらずの比喩に続き、子供といじめっ子の関係が“犬と見知らぬ人”の関係に準えられる。犬は見知らぬ人間に向かって吠える。いじめを不可解なものとしながらも、このくだりは、そこに無知が関係することを示唆しているようにも取れる。無知は、戦争、差別、迫害といった人間の様々な愚行の根源でもあるだろう。

 ベンジャミン扮する“怪人(幽霊、お化け)”は、いじめの不可解さ、不条理さと同時に、いじめによって傷ついた人間の“心”そのものを表しているように思える。罪は赦せても、心の深い傷はそう簡単に癒えるものではない。成仏できない魂のように、怪人はアレッポヴィルを彷徨い続けるのかもしれない。

Aleppoville07.jpg

【参考文献】
Poetry Archive | Benjamin Clementine Official Site
Rock Show: Benjamin Clementine | Rockshot Music Magazine (30 May 2017)
Benjamin Clementine releases "Phantom of Aleppoville" | Edinburgh International Festival (30 May 2017)
新約聖書(新共同訳)




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