2017 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 09

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

夢は夜ひらく──ロイ・フラー伝記映画『ザ・ダンサー』



 映画『ザ・ダンサー』を渋谷のル・シネマで観た(上映期間:'17年6月3日〜6月30日)。モダン・ダンスの祖の一人とされる伝説の女性舞踊家、ロイ・フラー Loie Fuller(1862〜1928)──昨年秋に来日したフィリップ・ドゥクフレの舞台『コンタクト』の中にも彼女に対するオマージュ場面があった──の半生を描いた伝記映画。上の写真(本人)からも察しがつくと思うが、非常に変わったダンスを創作した人である。

 実在のアーティストを描いた映画は、人物や創作の再現と娯楽性の両立が難しく、なかなか普遍的な傑作が生まれにくいが、『ザ・ダンサー』はその両要素がごく自然に結びついた素晴らしい映画だった。


Danseuse02.jpg
ザ・ダンサー(2016/仏・白)
La Danseuse
監督:ステファニー・ディ・ジュースト
脚本:ステファニー・ディ・ジュースト、サラ・ティボー、トマ・ビドガン
出演:ソーコ、ギャスパー・ウリエル、メラニー・ティエリー、リリー=ローズ・デップ


 ロイ・フラー(本名、マリー=ルイーズ・フラー)はシカゴ出身のアメリカ人。1890年代にパリへ渡り、巨大なシルクの衣装を生き物のように操る“サーペンタイン・ダンス(ヘビの踊り)”──布がうねる様子がヘビの動きを思わせることからそう呼ばれる──で一世を風靡した。当時珍しかった色鮮やかな照明を衣装に当て、幻想的な光のダンスを生み出したフラーは、舞台における視覚演出のパイオニアとしても高く評価されている。『ザ・ダンサー』は、史実を自由に書き換えながらフラーの芸術を生き生きと描いた作品である。

 “十五、十六、十七と/私の人生暗かった/過去はどんなに暗くとも/夢は夜ひらく”という歌があるが、『ザ・ダンサー』で描かれるロイ・フラーの人生はまさにそれである。フラーは器量が悪く、男にも全く相手にされない貧しい農家の娘だった。唯一の心の支えだった父親とも死に別れた彼女は、女優になることを夢見てニューヨークに上京するが、そこでも惨めな経験をすることになる。“十五、十六、十七”どころか、彼女の人生は20代後半までひたすら暗い。映画序盤でフラーの人生の暗さが強調されるのは、彼女のダンスが文字通り“暗闇”を必要とするものだからである。

 端役で出演した舞台でのちょっとしたアクシデントをきっかけに、フラーは巨大な布を身にまとい、そこに色とりどりの照明を当てながらひらひらと舞う新奇なダンス・パフォーマンスを思いつく。映画中盤、活路を求めてフランスへ渡った彼女は、パリの一流ミュージック・ホール、フォリー・ベルジェールへ乗り込み、そこで自身のダンスを披露する。劇中のフランスの観客と同様、映画の観客はそこで初めて彼女の光のダンスをまともに目撃することになる。劇場の暗闇の中に色鮮やかに浮かび上がるシルク・ドレスのうねりは、レーザー照明やLEDスクリーン、プロジェクション・マッピングなどに慣れた現代の我々の目から見ても驚くほど美しい。“赤く咲くのはケシの花/白く咲くのは百合の花/どう咲きゃいいのさ、この私”と思い煩っていた少女の夢が、暗い劇場の中で見事に像を結ぶ。まさに“夢は夜ひらく”。圧倒的な鮮度でロイ・フラーのダンスが再現されるこの場面は、間違いなく『ザ・ダンサー』の最大のハイライトである。

■記録フィルムから知る当時のサーペンタイン・ダンス

Danseuse03.jpg
Danseuse04.jpg

Annabelle Serpentine Dance (1895)
Directors: William K.L. Dickson, William Heise | Dancer: Annabelle Moore

Danseuse05.jpg
Danseuse06.jpg

Danse Serpentine (1896)
Director: Louis Lumière | Dancer: unknown

Danseuse07.jpg
Danseuse08.jpg

Loie Fuller (1902)
Director: Segundo de Chomón | Dancer: Loie Fuller

 映画黎明期に撮影された貴重なサーペンタイン・ダンス映像を紹介。現存する中ではこの3本が有名。色鮮やかな照明効果を再現するため、いずれもフィルムに手彩色が施されている。エディソン・スタジオ製作『Annabelle Serpentine Dance』(1895)で踊っているのは、当時、女優/ダンサーとして活躍していたアナベル・ムーア(踊りはテキトーな感じ)。リュミエール兄弟が撮った『Danse Serpentine』(1896)は、サーペンタイン・ダンスの映像記録としては最もよく知られたもの。パフォーマンスも彩色も非常に洗練されている。ダンサーは、しばしばロイ・フラー本人と紹介されるが、実際には違うらしい。『リュミエールの子供たち』(1995)──だったように記憶する──でこの映像を目にして以来、私も長いことフラー本人だと思っていた。本人と勘違いされても仕方ないほど、この正体不明ダンサーのパフォーマンスは魅力的だ。正真正銘のロイ・フラーによるパフォーマンスは、『Loie Fuller』(1902)で見ることができる。舞踊家と言うより、シーツを羽織って遊んでいる子供のような印象を受ける。怪鳥(コウモリ?)から姿を変えて登場し、最後に竜巻のように渦を巻きながら消えていく様が、原始的な映像トリックで表現されている。単なるヤバい人にしか見えない。他の2本はダンス・パフォーマンスの記録だが、『Loie Fuller』だけ完全に珍獣か魔物の記録映像である。踊っている(演じている)感じがしないのが凄い。100年以上経っても衝撃的だ。


Danseuse09.jpg
『ザ・ダンサー』では、フラーがパリで川上音二郎貞奴を後押しした事実も描かれる

 フラーの光のダンスは、同時期にあった映画の誕生と共振するものだった。『ザ・ダンサー』のパンフレットで、文芸評論家/舞踊研究家の三浦雅士はこう書いている。

「“光のダンサー”であるロイ・フラーは、じつは、劇場に“真の闇”をもたらした演出家・照明家だったのである。これこそ、その後、多くの演出家や照明家に影響を与えたものだったのだ。(中略)“真の闇”をもたらしたとき、あるべき劇的体験の七割は達成されているのである。
 フラーは晩年、何作か映画を作っている。ポジとネガを反転させるなど、革新的なものである。フラーが映画に手を出すのは当然のことだったのである。彼女こそ、世界に映画館の原型をもたらしたのだから」

 フラーがフォリー・ベルジェールでデビューしたのは1892年(11月5日)。光と動きの芸術である彼女のダンスは、エディソンやリュミエール兄弟らによって映画が発明された1890年代、恰好の撮影モチーフにもなった(上に紹介した3本の他にも多くの素晴らしい映像が残されている)。映画館の暗闇の中、フォリー・ベルジェールでのダンス場面が目の前のスクリーンに現れたとき、私は、一人の少女の夢の開花と同時に、まるで映画誕生の瞬間に立ち会っているような錯覚に陥り、猛烈な感動を覚えた。映画ファンであれば、この場面に心を動かされずにいられないだろう。この映画は自宅ではなく、絶対に映画館で鑑賞するべきだ。

Danseuse10.jpg
ロイ・フラー(ソーコ/左)とイザドラ・ダンカン(リリー=ローズ・デップ/右)

 『ザ・ダンサー』が素晴らしいのは、内気なボンクラ少女の単なるサクセス・ストーリーになっていない点である。フォリー・ベルジェールで一夜にして大スターになったフラーの前に、やがてイザドラ・ダンカン Isadora Duncan(1877〜1927)という天才女性舞踊家が現れる。フラーと同じくアメリカ出身のダンカンは、1900年にパリへ渡り、フラーの援助も得ながらヨーロッパで大成した舞踊家。登場はフラーよりも後だが、モダン・ダンスの祖としてはフラー以上に有名かつ高い評価を受けている人物である。

 “裸足のイザドラ”の異名を持つイザドラ・ダンカンは、ギリシャ風のゆったりしたチュニックを身にまとい、裸足またはサンダル履きで、自由な即興ダンスを踊った。彼女の踊りは、フラーのサーペンタイン・ダンスと同様、ダンスと言えばチュチュとトウ・シューズで踊るバレエが当たり前だった当時のヨーロッパに破壊的な衝撃をもたらすものだったが、大掛かりな衣装や舞台装置を必要としない彼女の表現は、フラーのそれとは全く対照的なものだった。

 映画後半では両者のライバル関係が重点的に描かれる。フラーはダンカンの才能に圧倒され、自分自身に再び強いコンプレックスを抱く。容姿もスタイルも悪く、巨大な布という仮の身体なしには輝くことのできなかったフラーが、天性のダンサーであるダンカンに対して強い嫉妬と劣等感を覚えただろうことは容易に想像できる(映画では描かれなかったが、サーペンタイン・ダンスでスターになった後、フラーは1895年にパリの劇場、コメディ・パリジェンヌで『サロメ』を上演して大コケしている。そこで露わになった彼女の生身の身体は、当時の観客を魅了できなかったようだ)

Danseuse11.jpgDanseuse12.jpg
ロイ・フラー『サロメ』(1895)のポスター(左)、サロメに扮したフラー(右)

 フラーのダンスは、同じ衣装と舞台装置さえあれば、誰にでもそれなりに踊れるものである。実際、彼女のサーペンタイン・ダンスは当時多くの模倣者を生んだし(乗越たかお著『ダンス・バイブル』では、フラーの持ちネタをパクったニセモノがフォリー・ベルジェールに出演していたため、本人が文句を言うために乗り込んでいったことが同劇場でのデビューのきっかけだったという逸話が紹介されている)、映画内にもフラーが別の女性にあっさり自分のダンスをパクられて地団駄を踏む場面がある。“素晴らしいのはダンスであって私自身ではない”という台詞や、天衣無縫なダンスで頭角を現すダンカンを横目に、せっせと筋トレに励むフラーの姿──サーペンタイン・ダンスは踊り手に大変な重労働を強いるものだったらしい──には、芸術家としてのストイシズムを通り越して、何とも言えない切なさが感じられる。コンプレックスを抱え続けるフラー自身と、舞台に立ち現れる彼女の虚像。その闇と光の対比が鮮やかだ。

 映画終盤、フラーは自らが抱えるコンプレックスを持て余し、精神的にも肉体的にも疲弊していく。映画は、そんな彼女を救うわけでも突き放すわけでもなく、暗くも明るくもない絶妙な照度で幕を閉じる。夢見ることの素晴らしさを静かに肯定するような最後のワンカット──レオス・カラックス『汚れた血』の最終場面をちょっと思い出させる──に再び涙が出そうになった。


白く咲くのは……?──描かれなかったレズビアニズム

Danseuse13.jpg
マドンナの短編映画『Her-Story』に出演したソーコ(グレイス・ジョーンズみたい)

 ロイ・フラーを演じたのは、フランスの女性シンガー・ソングライター、ソーコ。'14年にアメリカの新進ファッション・ブランド、レン Wren のプロモ動画『First Kiss(初対面の20名10組のカップルがキスをする動画。YouTubeで爆発的な視聴数を稼いだ)で、本人と自作曲「We Might Be Dead By Tomorrow」がフィーチャーされ、一躍有名になった人である。マドンナに気に入られ、最近では、'17年3月8日の国際女性デーに合わせて彼女が制作した13分の短編映画『Her-Story(ルキノ・ヴィスコンティ、リリアーナ・カヴァーニ、ヴィム・ヴェンダースらへのオマージュを散りばめたマドンナらしいデカダンな作品。オープニングの“革命”宣言はプリンス「Let's Go Crazy」、タイトルはMJ『HIStory』を意識したか?)にも出演している。

 美人とも不細工とも言えない62点くらいの絶妙なルックスと、ゴツめな小太り体型で、ソーコは努力型アーティストのロイ・フラーを見事に演じている。女優としても活躍する彼女だが、やはり同じアーティストという点が彼女の演技に強い説得力を与えているように思う。ロイ・フラーを研究し、タイム・ラプス・ダンス Time Lapse Dance というカンパニーを率いて彼女のダンスを現代に継承しているジョディ・スパーリング Jody Sperling から特訓を受け、ソーコは劇中でフラーのダンスを代役なしで演じてもいる。

 ライバルのイザドラ・ダンカン役は、リリー=ローズ・デップ。ソーコと彼女の年齢差は14歳で、実際のフラーとダンカンの年齢差(15歳)とほぼ同じなのだが、ダンカンが23歳でパリに登場したのに対し、リリー=ローズは16歳でその役を演じている。一般評価は高いようだが、私の目には彼女はあまりにも幼く、フラーを追い込むような天才舞踊家としてのオーラに欠けるように見えた。とはいえ、ヴァネッサ・パラディとジョニー・デップの娘という天賦のスター性や、天真爛漫な小悪魔キャラは、ソーコ演じるロイ・フラーにコンプレックスを抱かせるに十分なものだったので、役割はきちんと果たしていたと思う。

Danseuse14.jpg
ロイ・フラー(ソーコ)と門下生たち
 往年のヘルムート・バーガーかアラン・ドロンを思わせる謎めいた雰囲気でロイ・フラーの守護天使(?)=ルイ・ドルセー伯爵を演じたギャスパー・ウリエルと、姉か母親のような優しさで献身的にフラーを支えるガブリエルを演じたメラニー・ティエリーの2人は、いずれも文句なしの好演だった。特に、メラニー・ティエリーの(何か言いたげで言わない)控え目で高貴な佇まいが印象深い。ルイ・ドルセー伯爵は映画のために作られた架空の人物だが、ティエリーが演じたガブリエル・ブロック Gabrielle Bloch(芸名、ガブ・ソレール Gab Sorère)は実在の人物。映画ではフォリー・ベルジェールのマネージャーとして登場するが、彼女は実際にはロイ・フラーの門下生の一人で、フラーの死まで23年間にわたって人生を共にした女性である。フラーより16歳も年下だったガブリエルは、フラーの仕事上のパートナーであると同時に、恋人でもあった。ロイ・フラーはレズビアンだったのである(但し、フラーは1889年、27歳のときにウィリアム・ヘイズという金持ちのパトロン男性と一度結婚している。ヘイズの重婚が発覚して3年後に離婚。ルイ・ドルセー伯爵のモデル?)

 映画では、しかしながら、フラーとガブリエルの恋愛関係は一切描かれない。その代わり、フラーとイザドラ・ダンカン(彼女はバイセクシャルだった)が肉体関係を結びそうになる場面があるが、結局、ダンカンが裸のフラーを置き去りにし、フラーが屈辱を味わわされて両者の関係はあっさり終わる。劇中でフラーの同性愛が言及されるのは、この一場面だけである。この点に関しては批判の声もあるが、作り手には、レズビアンについての映画ではなく、ダンサーについての映画を撮るという明確な意志がある。私はその意志を積極的に買いたい。この映画は確かに、同性愛者としてのロイ・フラーを描かなかった分、ダンサーとしてのロイ・フラーによりはっきりと焦点が合っている。賛否両論あるだろうが、これはこれで良かったのではないか(まあ、フラーとルイ・ドルセー伯爵の濡れ場は不要だったと思うが。彼は飽くまでフラーの芸術的な守護天使であるべきだと思う)

 ちなみに、フラーを演じたソーコ自身もバイセクシャルである。巨大なドレスと魔法の電光によって彼女が自分の身体を超越し、女性でも男性でも人間でさえもない何か(蛇、蝶、百合、炎、電気の妖精、エイリアン……?)に変容していく様は、ジェンダーの破壊を示唆しているようでもある。ロイ・フラーという人は、要するに、早過ぎたグラム・ロッカーだったのではないか。“赤く咲くのはケシの花/白く咲くのは百合の花/どう咲きゃいいのさ、この私”という歌詞が、この映画の失われた部分を補完するように思う。ソーコの夢は夜ひらく?

 『ザ・ダンサー』は伝記映画ではあるが、伝記的事実からではなく、純粋にダンスそのものからロイ・フラーの人物像や生き様に肉迫した秀作である。ダンサーを描いた映画として、これはひとつの理想ではないだろうか。ダンス・ファンだけでなく、自由を夢見る多くの人にお薦めしたい作品だ。

Danseuse15.jpg

【参考文献】
乗越たかお『ダンス・バイブル〜コンテンポラリー・ダンス誕生の秘密を探る』(河出書房新社/2010)
笠間千浪『〈悪女〉と〈良女〉の身体表象』(青弓社/2012)
三浦雅士「劇場に「真の闇」をもたらした女」(『ザ・ダンサー』パンフレット/2017)

| Dance to Jazz and All That Jazz | 03:35 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT