2017 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 09

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

マイケルを追え!──Smooth Criminal 2009

SC_noir1.jpg
SMOOTH CRIMINAL [Noir version] (2009)
Directed: Kenny Ortega
Starring: Michael Jackson, Humphrey Bogart, Rita Hayworth, Edward G. Robinson, Gloria Grahame

 マイケル・ジャクソンの大ヒット映画『THIS IS IT』。映画自体の内容については別エントリーを参照してもらうとして、ここではこの映画内に登場する1本の特殊な映像作品について、マニアックな視点で語ってみたいと思う。

 見所満載で片時も目が離せない『THIS IS IT』の中で、私が個人的に最も興奮し、思わず身を乗り出して集中力200%で画面を凝視してしまったのが、映画『ギルダ』のリタ・ヘイワースが、全く思いがけず唐突に目の前に現れた瞬間だった。更には、そのモノクロのフィルム・ノワールの世界の中に、なんとマイケル自身が紛れ込んでいるではないか。リタ・ヘイワースに続いて登場するのは、かつての暗黒街の顔役たち、ハンフリー・ボガート、エドワード・G・ロビンソン。そして、彼らに追われるマイケル……。
 それは、「Smooth Criminal」のパフォーマンスの際、ステージ上のスクリーンで映写するために制作された、マイケルの全く新たな“ショート・フィルム”だった。

 この新版「Smooth Criminal」では、主に'40年代の犯罪映画~フィルム・ノワール群から実際に映像が借用され、編集と合成技術によって、マイケルが暗黒街の銀幕スターたちと追跡劇を繰り広げる。クラシック映画好きのマイケルらしい、遊び心とオマージュに溢れた実にニクい作品だ。私はこの新版「Smooth Criminal」を、勝手に“ノワール(暗黒)・ヴァージョン”と呼ぶことにしたい。

 ここでは、劇中で使用されている映画を具体的に紹介しながら、マイケルのこの最後のショート・フィルムの内容を追う。


『ギルダ』──GILDA (1946)

gilda1.jpg
『ギルダ』──ナイトクラブで歌うリタ・ヘイワース

 シカゴの街の夜景が映し出された後、ノワール版「Smooth Criminal」は、黒ドレスの神々しいリタ・ヘイワースがナイトクラブで「Put The Blame On Mame」を歌う場面で幕を開ける。髪を掻き乱し、黒いオペラ・グローヴをストリップのように脱ぎ捨てながら歌うファム・ファタール。映画『ギルダ』(1946)の終盤に登場する問答無用の名場面である。

 リタ・ヘイワースは、マリリン・モンロー以前、'40年代ハリウッドの最高のセックス・シンボルだった女優。フレッド・アステア共演『踊る結婚式(You'll Never Get Rich)』(1941)、『晴れて今宵は(You Were Never Lovelier)』(1942)、ジーン・ケリー共演『カバーガール(Cover Girl)』(1944)などではミュージカル女優としても活躍。並外れた美貌を持ちながら、同時に、この人は実に“踊れる”人でもあった。アステアの歴代女性ダンス・パートナーの中でも、彼女は間違いなくトップクラスに入る。彼女が登場する新版「Smooth Criminal」は、間接的ではあるが、やはりアステア繋がりなのである。

 『ギルダ』はヘイワースの決定的代表作。映画自体は、良くも悪くもフィルム・ノワールの美学だけで成り立っているような平板な出来だが、ともかく、絶頂期の彼女の魅力をフィルムに克明に焼き付けただけで永遠に記憶される作品である。ヘイワースの“長編プロモ・ヴィデオ”と言ってもいいくらいだ。『ショーシャンクの空に(The Shawshank Redemption)』(1994/原作:スティーヴン・キング『刑務所のリタ・ヘイワース』)で……というのは今さら説明するまでもないだろう。この映画は画面から香水が匂ってくる。『ショーシャンク~』でヘイワースが登場した瞬間の囚人たちのあの熱狂ぶりは誇張でも何でもない。

gilda2.jpggilda3.jpg
『ギルダ』──手袋を投げるヘイワースとそれを掴む男性客

 リタ・ヘイワースが歌うナイトクラブの客席には、どういうわけかマイケル・ジャクソンが座っている。白スーツに白ハットを被った「Smooth Criminal」のギャングスタ・ルックである。彼はすっとぼけた顔でヘイワースを眺めている。

 客席にマイケルがいる映像は、何らかの映画のナイトクラブ場面を背景に使用した合成映像に違いないが、引用元の映画は判らない(少なくとも『ギルダ』ではない)。また、客席にはエドワード・G・ロビンソンも座っている。さもステージを見つめているような顔のアップのカットが挿入されるのだが、これも残念ながら出典は不明だ。

 歌い終えたヘイワースが、いつもの通り客席に向かって長手袋を投げる。本来は中年の男性客がキャッチするはずが(画像参照)、手袋が飛んでいった先にはマイケルがいて、まんまとこれをゲットしてしまう。お馴染みの古典映画の世界は、そこからいよいよ奇妙な展開を見せる。


『孤独な場所で』──IN A LONELY PLACE (1950)

ialp1.jpgialp2.jpg
『孤独な場所で』──“なぜ彼がここに?”

 ヘイワースの手袋を掴んだマイケル。それを目撃したグロリア・グレアムが呟く──“なぜ彼がここに?(What's he doing here?)”。振り返ってマイケルを一瞥する男はハンフリー・ボガート。“なんだあの若造は。勝手に映画の中に入ってきやがって”という顔である。

 使われているのは『孤独な場所で』(1950)の中盤に登場するナイトクラブ場面。ボガートの耳元で愛を囁いていたグレアムが、クラブに入ってきた刑事を見つけてこの台詞を呟く。この映画でボガートは殺人事件の容疑者で、現れた刑事はその事件の担当者。両者がたまたまクラブで鉢合わせするという場面が上手く流用されている。
 面白いことに、ノワール版「Smooth Criminal」では、このフィルムが裏焼き(左右逆像)で使われている。恐らく、先に登場するエドワード・G・ロビンソンのカットとあわせ、(画面に向かって)左方向に視線を送る方が自然と判断されたためだろう。

ialp3.jpg
ialp4.jpgialp5.jpg
『孤独な場所で』──ハダ・ブルックスの歌を聴くボガートとグロリア・グレアム

 ところで、『孤独な場所で』の元の場面は上の画像のようなシチュエーションである。ボガートとグレアムがグランド・ピアノの端に座り、ハダ・ブルックスの歌を聴いている。ハダ・ブルックスは、リナ・ホーンによく似た美貌を持った黒人ピアニスト/歌手。ここで彼女は「I Hadn't Anyone 'Til You」というバラードを歌っている。
 ノワール版「Smooth Criminal」で使われているのは、上記の台詞を呟くグレアム~それを聞いて振り返るボガートの数秒のカットだけなのだが、ご丁寧にも、『THIS IS IT』にはこの「I Hadn't Anyone 'Til You」までもが使用曲としてクレジットされている。実際、グレアムの台詞音声部分にはブルックスのピアノ演奏の音が被っているので、ほんの僅かであれ楽曲使用に当たるということなのだろう。

 『孤独な場所で』は、ヒッチコック『断崖(Suspicion)』(1941)に似たプロットを持つ秀作ノワール。自尊心が強くキレやすい危ない男をボガートが好演。共演のグロリア・グレアムは'50年代フィルム・ノワールの代表的女優で、この作品では驚くようなイイ女ぶりを見せてくれる(彼女はこの2年後、ヴィンセント・ミネリ監督『悪人と美女(The Bad And The Beautiful)』でアカデミー助演女優賞を獲得する)。


『三つ数えろ』──THE BIG SLEEP (1946)

big_sleep1.jpgbig_sleep2.jpg
『三つ数えろ』──暗殺者を追うボガート

 女神ヘイワースの手袋を持ち去ったマイケルをボガートが追う。映画に入り込んで勝手な真似をしたとなれば、当然、ボギーが黙っちゃいないのである。
 
 この追跡劇でメインに使われているのは、『三つ数えろ』(1946)の中盤、事件の鍵を握る脅迫者のアパートに乗り込んだ私立探偵ボガートが、突然現れた暗殺者を追いかける場面。まず登場するのは、部屋を出て、廊下から階段へ暗殺者を追っていくボガートのカット。騒ぎを聞いて廊下へ出てきたアパートの住人が、階段を下りていくボガートの後ろ姿を目にするところまでが使われている。
 元の『三つ数えろ』で暗殺者は帽子を被っていないが、ノワール版「Smooth Criminal」では、きちんとマイケルに見えるよう、階段を下りていく暗殺者の影(画像左参照)に帽子が付け加えられている。芸が細かい。

SC_noir2.jpgSC_noir3.jpg
『THIS IS IT』──階段の手すりを滑って逃げるマイケル

 上記とクロスカッティングで登場するのが、マイケルが階段の手すりを滑り降りて逃走する場面。この階段場面は、『三つ数えろ』の映像に上手くマイケルだけを合成したものである。『三つ数えろ』では、まず暗殺者役のトミー・ラファティという役者が階段を駆け下り、追跡者のボガートがそれに続く。要するに、ノワール版「Smooth Criminal」では、逃走者がトミー・ラファティからマイケルに変わっているわけである(但し、ラファティは手すりを滑降せず、普通に階段を駆け下りる)。

big_sleep3.jpg
『三つ数えろ』──追跡劇が繰り広げられる階段

 『三つ数えろ』の元の階段は上の画像の通り。ここで注目すべきは、踊り場で階段が直角に折れる箇所で、手すりの支柱の先端部分が上に突き出ている点である。元の映像のままでこの手すりを滑降した場合、マイケルは100%股間を強打し、踊り場でのたうち回っているところを、あっさりボガートに捕まることになってしまう。ノワール版「Smooth Criminal」では、マイケルがボガートから上手く逃げるため、この支柱の先端部分がきちんと除去されているのである(但し、壁に映る先端部分の影を除去し忘れている。惜しい!)。

big_sleep4.jpgbig_sleep5.jpg
『三つ数えろ』──逃げる暗殺者とそれを追うボガート

 マイケルが逃げた後、同じ階段を駆け下りていくボガートの映像が続く。ボガートが階段を駆け下りる場面に関しては、手すりの支柱先端部分は除去されていない。不自然ではあるが、劇場で『THIS IS IT』を観ながら、こんな細かい点に気付く観客はいないだろう。
 階段を駆け下りたボガートは、マイケルを追ってそのままアパートの玄関口へ走っていく。

big_sleep6.jpgbig_sleep7.jpg
『三つ数えろ』──暗殺者とボガートの銃撃戦

 アパートの外へ出た暗殺者は、追っ手のボガートに向けて銃を発砲する。道路上の暗殺者と玄関口のボガートの様子を交互に見せるこの銃撃戦場面も、ノワール版「Smooth Criminal」に登場する。但し、銃を撃って走り去る暗殺者の映像は、先の階段場面と同様、元の映像に上手くマイケルを合成し、あたかもマイケルとボガートが銃撃戦を繰り広げているように加工されている。


『ヒズ・ガール・フライデー』──HIS GIRL FRIDAY (1940)

his_girl_friday.jpg
『ヒズ・ガール・フライデー』──サイレンを鳴らす看守

 夜の街へ逃走したマイケル。彼を捕らえるため警察も動き出し、物語は大捕物に発展。サイレンが鳴り響き、警官たちがライフルを手に取りながら次々と出動していく様子が映し出される。
 サイレンのクランクを回す映像は、『ヒズ・ガール・フライデー』(1940)の中盤、死刑囚の脱走騒ぎの場面から取られている。元の場面は非常に短いカットで、ノワール版「Smooth Criminal」ではこれがスロー再生で使用されている。

 『ヒズ・ガール・フライデー』は、『三つ数えろ』同様、ハワード・ホークス監督作。犯罪映画ではないが、全編にわたって別の意味でマシンガンが炸裂する、ホークス+ケイリー・グラントのハイエナジーな傑作のひとつである(グラントの相方を務めるロザリンド・ラッセルも凄まじい)。

 尚、クランク場面の直前に使われている、警察隊が出動する映像は出典不明。


『俺は善人だ』──THE WHOLE TOWN'S TALKING (1935)

twtt.jpg
『俺は善人だ』──マシンガンを構えるロビンソン

 マイケルを追うのはボガートと警察隊だけではない。冒頭でリタ・ヘイワースを客席で眺めていたエドワード・G・ロビンソンもマイケルにマシンガンを向ける。
 このカットは、『俺は善人だ』(1935)の終盤、ギャングの親分と勘違いされたロビンソンが、咄嗟にマシンガンを手に取り、子分たちに威嚇射撃をする場面から取られている。

 『俺は善人だ』は、エドワード・G・ロビンソンが善良な市民と凶悪なギャングの親分を一人二役で演じるコメディ調の洒脱なギャング映画。マシンガンを構えるロビンソンは善良な男の方なので、いかにもそれらしい慌てふためいた表情をしている。


『東京ジョー』──TOKYO JOE (1949)

toyko_joe.jpg
『東京ジョー』──物陰から銃を構えるボガート

 マシンガンを構えるロビンソンの直後に登場するのは、『東京ジョー』(1949)の終盤、誘拐された幼い娘を救出するため、単身で敵の隠れ家に踏み込んだ革ジャン姿のボガート。
 使われているのは、ボガートが物陰から見張りの男に銃を向けながら様子を窺うカット。元の映像でボガートは発砲せずにそのまま銃を下ろすだけだが、ノワール版「Smooth Criminal」では銃口部分に光を合成し、マイケルに向けて発砲しているように見せている。

 『東京ジョー』の舞台は終戦直後の東京。ボガート主演の一連のノワール作品の中で、『007は二度死ぬ』的な珍品である。


『拳銃貸します』──THIS GUN FOR HIRE (1942)

this_gun_for_hire.jpg
『拳銃貸します』──サーチライトを用意する警察隊

 ボガートやロビンソンの銃弾をかわし、マイケルはとあるビル内に逃げ込む。高所へよじ登っていくマイケルを、警察隊のサーチライトが狙う。
 このカットは、『拳銃貸します』(1942)の後半、ガス工場に逃げ込んだアラン・ラッドを警察隊がサーチライトで包囲する場面から取られている。ノワール版「Smooth Criminal」では、点灯するサーチライトのアップショットも一緒に登場するが、そちらは新たに撮影された映像と思われる(『ムーンウォーカー』かと思ったが、確認したら違った)。

 『拳銃貸します』は、グレアム・グリーン(『第三の男』)の小説『拳銃売ります(A Gun For Sale)』の映画化。アラン・ラッドがトレンチコートを着たニヒルで孤独な殺し屋を好演。共演のヴェロニカ・レイクも素晴らしい。女の行方を知らせる道端のトランプ札、ガス工場での追跡劇、早朝の貨物線車両基地での銃撃戦などなど、忘れがたい名場面がたくさん詰まった大傑作ノワール。とにかく抜群に面白い。ジャン=ピエール・メルヴィル監督、アラン・ドロン主演『サムライ(Le Samourai)』(1967)の元ネタはこれである。


再び『三つ数えろ』──THE BIG SLEEP (1946)

big_sleep8.jpg
『三つ数えろ』──“どうする? 映画みたく三つ数えようか?”

 マイケルをビル内の倉庫に追い詰めたボガート。そこで挿入されるのは、『三つ数えろ』の終盤、事件の黒幕を追い詰めて決め台詞を吐くボガートの映像。銃を手にしたボガートが言う──“どうする? 映画みたく三つ数えようか?(What do you want me to do, count to three like they do in the movies?)”。邦題のもとにもなった、あまりにも有名な台詞である。
 元の『三つ数えろ』のこの場面は普通の室内なのだが、ノワール版「Smooth Criminal」では、背景が合成によってマイケルを追い詰める倉庫に変えられている。

 『三つ数えろ』は、レイモンド・チャンドラーの同名小説『大いなる眠り(The Big Sleep)』の映画化。プロットがやたら複雑なことで昔から有名な作品である。私はこの映画を過去に2度観ているのだが、今回の3度目の鑑賞でもやはり理解できなかった。筋はよく分からないが、迷宮的な雰囲気、登場人物の魅力(眩惑的な女たち)、各場面の切れ味だけで繰り返し観たくなる、いかにもノワールらしい作品である。


指名手配──倉庫でマシンガンを撃つボガート

wanted_bogart.jpg

 さて、問題は、ボガートがマイケルを追い詰めるクライマックスの倉庫場面。
 
 物陰からボガートが現れ、大きなガラス窓を背にして逃げ場がなくなったマイケルに、上記『三つ数えろ』の台詞を吐く。マイケルはボガートの構えるマシンガンを蹴り上げ、その隙にガラス窓を突き破って一気に外へ飛び降りる(本エントリーのトップに掲載している画像がその場面)。背後にはマシンガンを撃つボガートの姿。マイケルのこのダイヴ場面をスローで映しながら、ノワール版「Smooth Criminal」は幕切れとなる。

 この倉庫場面に登場する、『三つ数えろ』以外のボガート映像の出典がどうしても判らない。『三つ数えろ』を含め、このクライマックス場面でボガートが映るカットは全部で4つある。

1. 物陰から現れるボガート
2. 台詞を吐くバストショットのボガート(『三つ数えろ』)
3. マシンガンを蹴り上げられ、すぐさま発砲するボガート
4. 窓から飛び降りるマイケルの背後でマシンガンを撃っているボガート

 マシンガンを撃つボガート、となると、当然、出典は犯罪映画で、しかも『マルタの鷹』(1941)以前、彼が脇役で主にギャング/悪人を演じていた'30年代後半頃の作品ということになるだろう。その時代のボガート出演作で今のところ私が実際に観ているのは、『化石の森』(1936)、『弾丸か投票か!』(1936)、『札つき女』(1937)、『汚れた顔の天使』(1938)、『彼奴は顔役だ!』(1939)、『ハイ・シエラ』(1941)の6本のみ。少なくともこれらの映画に関しては、上記の1、3、4に該当するボガートは出てこないと断言できる(ちなみに、『ハイ・シエラ』でボガートはマシンガンを撃っているが、シチュエーションは全く異なる)。
 彼がマシンガンを撃っていそうな作品は他にもまだまだあるのだが、日本でのお寒いソフト化状況もあり、今回、私は“倉庫でマシンガンを撃つボガート”の捜索を泣く泣く断念した。私はこういうことは判るまで追求しないと気が済まない性分である。はっきり言って、とても悔しい。

 しかし、同時に、私は全く別の解答があり得ることにも気付いた。
 “倉庫でマシンガンを撃つボガート”は、もしかすると端から存在しないのではないか。

 マイケルがボガートに追い詰められる倉庫の場面は、古典映画から背景映像を借りてマイケルを合成するのではなく、実際にスタジオに倉庫のセットを組んで普通に撮影が行われている(『THIS IS IT』にはその撮影現場の映像も登場する)。合間に『三つ数えろ』のボガートの映像が挿入されるため、観客は自然とその前後もボガート本人だと思うのだが、ボガートによく似た俳優を使って、同じセットで新たに撮影された可能性もあるのだ。実際、上の1、3、4のカットは、暗がり、あるいは、ロングショットで、ボガートの顔をはっきりと識別することができない。

 果たして真相はいかに。私はこのボガートが気になって夜も眠れない。
 何はともあれ、“倉庫でマシンガンを撃つボガート”を見かけた方は、すぐに私までご一報を。同時に、リタ・ヘイワースが歌う冒頭のナイトクラブ場面で映るクロースアップのエドワード・G・ロビンソンも指名手配中。懸賞金はないが、有力情報を提供してくれた方には心から感謝する。


『ムーンウォーカー』──MOONWALKER (1988)

moonwalker1.jpgmoonwalker2.jpg
moonwalker3.jpgmoonwalker4.jpg
『ムーンウォーカー』──中編SFXファンタジー「Smooth Criminal」

 ところで、マイケル・ファンには言うまでもないことだが、ノワール版「Smooth Criminal」には、オリジナル版「Smooth Criminal」(映画『ムーンウォーカー』の中核を成す42分の中編SFXファンタジー)の映像もいくつか使い回されている。上に掲載した画像が、実際に使われているその主なカット。オリジナルはもちろんカラーだが、ノワール版ではこれらがモノクロに変換されている。ノワール版での登場順に、使用場面について簡単に触れておきたい。

 マイケルがマシンガンを撃つ場面(画像上段左)は、『ヒズ・ガール・フライデー』のクランク場面の直後に挿入されている。インパクトが強いので使ったのだろうが、ストーリー展開の上では不要なカットだ。
 夜の街角でジョー・ペシ率いるギャング団にマイケルが追われる場面(画像上段右)は、『俺は善人だ』のロビンソンと、『東京ジョー』のボガートの間に挿入されている。但し、左右逆像。ロビンソンが(画面に向かって)右寄りの方向にマシンガンを構えるため、マイケルも右方向に逃げる方が自然だからだろう。
 ジョー・ペシの手先たちがナイトクラブを包囲する場面(画像下段左右)は、ボガートがマイケルを追い詰める倉庫場面で使われている。最初からオリジナル版の映像を使い回す算段があったのか、ノワール版のクライマックスの倉庫の美術は、このナイトクラブに雰囲気が似ている。ボガートに追い詰められ、マイケルが逃げ道を探して倉庫内を見回すところで、これらのカットが挿入される。窓にシルエットで映る武装集団は、ノワール版では警察機動隊ということになるだろうか。四面楚歌のマイケル、というわけである。


使用映画作品一覧

 『THIS IS IT』のエンドロールには、映画内で借用されている映像のクレジットが登場する。マイケルの過去の映像作品や、出演テレビ番組名に混じって、ノワール版「Smooth Criminal」に使用されている映画のタイトルもきちんと列挙される。実際にエンドロールにクレジットされている映画作品名を、以下に全て記しておく(エンドロールでは作品名が映画会社ごとに纏められているが、ここでは監督名と主演者名を添えて公開年順に記す)。

俺は善人だ(1935/コロムビア)
THE WHOLE TOWN'S TALKING
監督:ジョン・フォード
出演:エドワード・G・ロビンソン、ジーン・アーサー

ヒズ・ガール・フライデー(1940/コロムビア)
HIS GIRL FRIDAY
監督:ハワード・ホークス
出演:ケイリー・グラント、ロザリンド・ラッセル

拳銃貸します(1942/パラマウント)
THIS GUN FOR HIRE
監督:フランク・タトル
出演:アラン・ラッド、ヴェロニカ・レイク

三つ数えろ(1946/ワーナー・ブラザーズ)
THE BIG SLEEP
監督:ハワード・ホークス
出演:ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール

ギルダ(1946/コロムビア)
GILDA
監督:チャールズ・ヴィダー
出演:リタ・ヘイワース、グレン・フォード

大いなる別れ(1947/コロムビア)
DEAD RECKONING
監督:ジョン・クロムウェル
出演:ハンフリー・ボガート、リザベス・スコット

東京ジョー(1949/コロムビア)
TOKYO JOE
監督:スチュアート・ヘイスラー
出演:ハンフリー・ボガート、フローレンス・マーリー

孤独な場所で(1950/コロムビア)
IN A LONELY PLACE
監督:ニコラス・レイ
出演:ハンフリー・ボガート、グロリア・グレアム

去年の夏 突然に(1959/コロムビア)
SUDDENLY, LAST SUMMER
監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
出演:エリザベス・テイラー、キャサリン・ヘプバーン、モンゴメリー・クリフト


 『THIS IS IT』はコロムビア映画なので、使われている映画はさすがに自社作品が多い。但し、このクレジットは完全ではなく、私の見る限り、ノワール版「Smooth Criminal」は、既に書いてきた通り、これらのどの映画にも属さない古典映像をいくつか含んでいる。それらの出典不明映像に関しては、今後、私が'30~40年代の犯罪映画を観ていて発見することがあれば、本エントリーに追記して補いたい。
 
 クレジットされている作品群の中でひとつ、どこに映像が使われているのか未だに判らないのが『大いなる別れ』(1947)。ボガートがリザベス・スコット演じるファム・ファタールに振り回される典型的なノワール作品である。
 ノワール版「Smooth Criminal」は、『ギルダ』のリタ・ヘイワースが登場する前に、まず街の夜景が映し出される。私の記憶では3カットで構成されていたように思うが(“HOTEL CHICAGO”のネオンが輝く街の全景→車が走る道路の風景→ナイトクラブの看板)、この辺りがどうも臭う。これは『THIS IS IT』がDVD化された際、改めてじっくり検証してみたい(これも判り次第、追記する)。

 もうひとつ、特定に手こずったのが『去年の夏 突然に』(1959)。テネシー・ウィリアムズの戯曲の映画化で、エリザベス・テイラーとキャサリン・ヘプバーンが演技合戦を繰り広げる心理サスペンス。精神病院と豪邸を舞台にした、ギャングや犯罪とは全く無縁の映画である。どの場面も「Smooth Criminal」の中には登場しようがないのだ。
 しかし、これは『THIS IS IT』を劇場で2度目に観た時に気付いた。『去年の夏 突然に』は、「Smooth Criminal」ではなく、『THIS IS IT』の冒頭、正確には「Wanna Be Startin' Somethin'」が始まる直前、マイケルがステージに登場する際の様子がオルテガのナレーション付きでシミュレートされる場面で使われているのである。


『去年の夏 突然に』──SUDDENLY, LAST SUMMER (1959)

light_man_liz.jpg
ライト・マンの身体に映し出されるテイラー

 宇宙服かロボコップを思わせるメタリックな鎧を装着し、その表面に様々な映像を映し出す“ライト・マン(Light Man)”。マイケルはその鎧の中から登場する予定だった。その“ライト・マン”の身体に映し出される映像の中に、『去年の夏 突然に』のエリザベス・テイラーがいる。

suddenly_last_summer.jpg
『去年の夏 突然に』──過去を回想するテイラー

 使われているのは、映画の終盤、テイラーが失われた過去の記憶を辿る場面。破廉恥な水着を着せられた浜辺での記憶を語り終えたところで映る、虚空を見つめるテイラーの顔のアップがそれだ。台詞で厳密に位置を示しておくと、“青い海原や大空のように大きく空しくなったのです(It was big and empty...like that big, empty, blue sea and sky)”と“まもなく(And before long)”の間のほんの数秒である。椅子の背もたれの網部分が映り込んでいる点が特定の手掛かりになった。
 言うまでもなく、“キング・オブ・ポップ”という称号をマイケルに与えたのが、エリザベス・テイラーだった。彼女のイメージがマイケルの鎧に映し出されるのは、当然と言えば当然かもしれない。


THE BAD SLEEP WELL──バッドな奴ほどよく眠る

SC_this_is_it.jpg

 ファイナル・コンサートのために制作されたマイケル最後のショート・フィルム「Smooth Criminal」ノワール版。

 映画を参照する限り、実際のステージでは、「Smooth Criminal」のパフォーマンスへの導入として、まず、倉庫でボガートがマシンガンを発射する場面までがスクリーンに映写され、パフォーマンス終了後、マイケルが窓を割って飛び降りる結末部分が映写される予定だったのではないかと思われる。
 『THIS IS IT』では、このショート・フィルムがノーカットで観られるわけではない。途中にメイキング映像が挟まれたり、いくつかの場面が「Smooth Criminal」のリハーサル映像の合間に断片的に散りばめられるなどした不完全版である。もし1本の映像作品として完成しているのであれば、『THIS IS IT』DVD化の際、何としてもノーカット完全版を公開してもらいたい。

 同じ映画好きとして、私はマイケルがこのような作品を置き土産に残してくれたことがとても嬉しい。“君には使われている映画が全部わかるかい?”──マイケルがくれた謎解きに私は夢中になった。すべての出典を特定するまで、私にマイケルを捕まえることはできない。ノワール版「Smooth Criminal」は、映画ファンに対するマイケルの最高の贈り物でもあるのだ。
 ただ、それゆえに敢えてひとつ言わせてもらうと、この作品はエドワード・G・ロビンソンの扱われ方がいかにも中途半端である(たった2カットしか使われていない)。ロビンソンを登場させるのであれば、ジェイムズ・キャグニー、ポール・ムニ、ジョージ・ラフトらにも出てもらって、暗黒街のオールスターたちから追いかけられた方がもっと面白かったのではないか。逃げられたお返しに、私は天国のマイケルにそんな文句を言ってみたい。

 マイケルは今、ロス郊外のグレンデールにあるフォレスト・ローン記念公園で大いなる眠りについている。その墓地にはハンフリー・ボガートも眠っている。2人は一体どんな挨拶を交わしているのだろうか。



映画『THIS IS IT』のVFXを日本人クリエイターが担当!!
※ノワール版「Smooth Criminal」、および、それに付随する映像で視覚効果を手掛けた日本人VFX 3Dアーティスト、平野淳司氏の素晴らしいインタヴュー。必読。




マイケル・ジャクソン関連記事◆目録

| Michael Jackson | 02:13 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT