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マイケルの最強ショート・フィルム10選【第4位】

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 マイケル・ジャクソン追悼特別企画、独断と偏見で選ぶ“マイケルの最強ショート・フィルム10選(Top 10 Badass MJ Short Films)”。世間一般の評価とはあまり関係なく、単純にマイケルがヤバかっこいいヴィデオを10本選んで語ることで彼を偲ぶ連載エントリー。バッドでデンジャラスでインヴィンシブルな天才パフォーマー、マイケル・ジャクソンの魅力をより多くの人々に知ってもらえれば幸いだ。

 余裕の上位ランクイン、第4位はこの作品!


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BEAT IT (1983)
Directed: Bob Giraldi

 「The Girl Is Mine」「Billie Jean」に続く『THRILLER』からの第三弾シングル('83年2月14日発売)。エディ・ヴァン・ヘイレンのギター・ソロをフィーチャーし、マイケルのクロスオーヴァー化を大きく押し進めたロック・チューン。いきがってタフガイを気取るより、暴力に組しない勇気を持つことこそ大事なのだ、というマイケル流のストリート哲学が歌われた名作。私は“beat it(失せろ、消えろ= buzz off、get lost)”という慣用表現をこの歌で学んだ。

 監督を務めたボブ・ジラルディは、アメリカのCF業界出身の人間。「Beat It」で初めて音楽ヴィデオを手掛け、マイケルとは「Say Say Say」、ジャクソンズの2本のペプシCFでも仕事をした。他に、ライオネル・リッチー、ジャーメイン・ジャクソン、ダイアナ・ロス、スティーヴィー・ワンダー、ポール・マッカートニーなど、マイケル人脈のアーティスト作品を中心に、'80年代に約20本のヴィデオを監督している。
 彼の作品は、単純にアーティストのパフォーマンスをフィーチャーするのではなく、4~5分の中に何らかのストーリーを盛り込んだものが多い。ヴィデオと言うよりは映画に近く、往年のコメディ・シリーズ『三ばか大将(The Three Stooges)』のような短編映像作品を作りたがっていたマイケルにとって、CF出身で、短い時間内でテンポ良くドラマを描くことのできるジラルディは、まさに打ってつけの人材だったと言える。実際、彼は映画業界にも進出し、日本でも2本の監督作──『ウォンテッド・ハイスクール/あぶない転校生(Hiding Out)』(1987)、『ディナーラッシュ(Dinner Rush)』(2001)──が公開されている。

 ジラルディの起用は、彼が手掛けたCFを観て気に入ったマイケル本人の要請により実現したという(ジラルディによると、そのCFは盲目の初老夫婦を主人公にしたエモーショナルな作品だったというが、マイケルの記憶ではマクドナルドのCFだという。事前に複数の作品を観たということだろう)。当初、ジラルディは「Billie Jean」を望んだが、既に撮影済みだったため、次のシングル曲「Beat It」で監督を任されることになった。

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 ヴィデオは2つの不良グループの対立を描いている──それぞれのグループのメンバーたちが集結し、約束された決闘場所へ向かう。この情報をキャッチしたマイケルも単身で彼らの後を追う。両グループのボス同士がナイフで決着をつけようとしていたその時、マイケルが現れて彼らを諭し、最後には「Beat It」に乗せてめでたく和解が訪れる。

 決闘へ向かうチンピラたちの様子はリアリズムで描かれているが、彼らと同じ世界にいながら、マイケルだけは劇中で常に「Beat It」を歌っている。そして、大団円ではチンピラたちもマイケルと共に「Beat It」に合わせて踊り、現実性から逸脱する。チンピラたちの対立と和解の物語が、往年のミュージカル映画と同様、音楽を軸に極めて映画的に表現されている。

 面白いことに、曲がフェイドアウトしていくヴィデオの最後の数秒、群舞の全景を捉えながらゆっくりカメラが引いていくと、マイケルたちの踊っている場所がステージ状になっていることが判明し、同時に、大勢の観客の喝采らしきものが聞こえてくる。このオチは、つまり、ヴィデオ内の一連の物語が、ひとつの大きな劇中劇(あるいは、幻想)であることを示している。
 この結びの洒落は、ミュージカル映画というものを解さない人──例えば、食堂や玉突き場を歌いながら通り抜けていくマイケルはヘンだ、不良たちが突然揃って踊り出すなんてあり得ない、リーダー2人の腕を縛っていた紐がいきなりなくなっているのはなぜだ、といった疑問で眠れなくなる人──に安堵感を与えるに違いないのだが、しかし、このオチがなくても、この作品には何の問題もない。むしろ、これこそ映画だ、と言いたい。

 「Beat It」は、戦わない勇気を持つ者こそ真にクールであると主張する作品である。重要なのは、実際にマイケルのように喧嘩を止めに入ったらボコボコにされるだろう、と考えることではなく、ヴィデオに登場するマイケルが他のチンピラたちよりもカッコよく、また、チンピラたちも、決闘しているより、全員で踊っている時の方が遙かに熱い、という画面内の単純な事実である。暴力は無益だ、音楽は暴力よりも素晴らしい、というひとつの真実が、まさしく映像表現にしか為し得ない方法で雄弁に語られている。映画は、かつて持っていたこのような饒舌さをいつの間にか忘れてしまっていた。


蘇る『ウエスト・サイド物語』

 誰の目にも明らかな通り、この作品は映画『ウエスト・サイド物語(West Side Story)』(1961)の影響を強く受けている。ご存じ、ジェローム・ロビンズ演出/振付、『ロミオとジュリエット』を現代風にアレンジした'57年初演のブロードウェイ・ミュージカルの映画化で、マンハッタンを舞台に2つの不良グループ──白人のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団──の対立を描いた大ヒット作。ダイナミックなカメラ、斬新な振付の群舞、アンハッピーエンドのシリアスな筋書きで、それまでのミュージカル映画の常識を覆した革新的・歴史的な作品である。

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『ウエスト・サイド物語』──飛び出しナイフでの決闘場面

 「Beat It」を観て、まず誰もが『ウエスト・サイド物語』と結びつけずにいられないのは、それが2つの不良グループの抗争を描いた物語で、しかも、両者がリーダー同士一対一による飛び出しナイフを使った喧嘩で決着をつけるという点だろう。ナイフでの決闘は『ウエスト・サイド物語』後半に登場するあまりにも有名な場面である。その決闘場面の前、不良グループが約束の場所に向かう道中、仲間が次々と姿を現し、ボスの後をぞろぞろとついてくる場面の描き方にしても、マイケルのヴィデオはこの古典によく似ている。

 残念ながら『ウエスト・サイド物語』にマイケルは出てこないので、2つの不良グループ、ジェット団とシャーク団は大いなる悲劇に見舞われることになる。しかしながら、マイケルのように喧嘩を止めようとする人物は、『ウエスト・サイド物語』にも同じく登場する。リチャード・ベイマー演じる主役のトニーがそれなのだが、事態は思わぬ方向に転んでしまうわけである。

 では、喧嘩を止めに入るマイケルは、そのリチャード・ベイマーのキャラを踏襲しているのかというと、そうではない。赤いジャンパーを着た「Beat It」のマイケルは、イメージ的には、主演のベイマーではなく、助演のジョージ・チャキリスに限りなく近いのである。

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シャーク団のリーダー、ベルナルド役のジョージ・チャキリス

 チャキリスが演じたシャーク団のリーダー、ベルナルドは、赤いシャツを着てマイケル並にカッコよく、脇役でありながら、実際、映画の中で最も魅力的なキャラクターになっている。ロミオとジュリエットに当たる主役のリチャード・ベイマー&ナタリー・ウッドの恋愛劇など、チャキリスの存在感の前では全くどうでもいい茶番と化してしまうほどだ。実際、この映画は喧嘩場面でチャキリスが姿を消して以降、いきなりつまらなくなる(まあ、終盤にもそれなりに見せ場はあるのだが)。

 恐らく、マイケルもチャキリスに憧れて赤いジャンパーを着たのだろう。そして、それは実に賢い選択だった。マイケルの役柄は、メンタル面では無益な喧嘩を止めに入るベイマー(ジェット団のリーダーを退いて堅気の生活を送る)に近いのだが、しかし、どんなに頑張ってもベイマーに喧嘩を止めることはできない。なぜなら、彼はちっともクールではないからだ。チャキリスの圧倒的にクールなキャラと、「Beat It」という曲の問答無用のパワーがあって初めて喧嘩が止められるし、不良たちを一緒に踊らせることも可能になるのである。マイケルの歌とダンスの前では、私たちの常識など全く意味を成さなくなるのだ。

 「Beat It」と『ウエスト・サイド物語』の共通点は、映像面だけではない。実は『ウエスト・サイド物語』には、ズバリ“beat it(失せろ)”という台詞が頻出するのである。マイケルが曲を書く時点で既にこの古典を意識していたのかどうかは知らないが、ともかく、「Beat It」ヴィデオのコンセプトは生まれるべくして生まれたとしか言いようがない。

 『ウエスト・サイド物語』は、更に「Beat It」の最大の見せ場である群舞場面にも影響を与えている。振付に取り入れられているフィンガースナップ(指パッチン)のアクションがそれだ。多くの印象的なダンスを生み、後の作品に莫大な影響を与えた『ウエスト・サイド物語』の中でも、とりわけキャッチーなこのアクション。その伝染力は凄まじく、日本でも映画の公開時、鑑賞後に指パッチンをしながら劇場を出てくる若者が続出したという伝説もあるほどだ。それから約20年後、マイケルの「Beat It」によって、世界の若者は再び指パッチンに目覚めた。実際、'83年当時に小学生だった私も、“ビーレー、ビーレー”と歌いながら、マイケルのように指パッチンの仕草をして踊ったものだ。


マイケル・ピーターズとヴィンセント・パターソン

michael_peters1.jpg 「Beat It」の振付を担当したのは、この後「Thriller」でも活躍するブルックリン出身の振付師、マイケル・ピーターズ Michael Peters(1948~94/写真)。
 '81年のブロードウェイ・ミュージカル『Dreamgirls』(ビヨンセ、ジェニファー・ハドソンらが出演した'06年の同名映画の原作)で、演出/振付のマイケル・ベネット(『A Chorus Line』)と共にトニー賞の最優秀振付賞を受賞した後、ボブ・ジラルディ監督と出会い、MTV時代を代表する振付師になった。マイケル「Beat It」「Thriller」を筆頭に、ダイアナ・ロス「Pieces Of Ice」、パット・ベネター「Love Is A Battlefield」、ビリー・ジョエル「Uptown Girl」、ライオネル・リッチー「Running With The Night」「Hello」「Dancing On The Ceiling」など、多くの音楽ヴィデオの振付を担当している(この中で「Uptown Girl」「Dancing On The Ceiling」以外は全てジラルディ監督作)。ジラルディが監督したジャーメイン「Dynamite」ヴィデオの振付なども、未確認ではあるが、ピーターズの仕事と見てまず間違いないだろう。ネット上でもさすがに音楽ヴィデオの振付師までは細かくデータベース化されていないので、彼が関わったヴィデオの全てを把握することは難しいが、その作品数はかなりのものと思われる。音楽ヴィデオの他にも、テレビ番組、CF、舞台、映画(『ファイブ・ハートビーツ』『ティナ』等)、コンサート(ダイアナ・ロス、EW&F、ポインター・シスターズ等)といった幅広い分野で活躍した。

 マイケル・ピーターズの決定的代表作は、やはりマイケルのヴィデオ「Beat It」「Thriller」ということになるだろうが、この2本を観ても分かる通り、彼の振付というのは、とにかく単純明快で抜群にキャッチーである。
 後年のマイケルの群舞は、ダンスの素養がない素人にはもはや付いていけないレベルになっているが、ピーターズの振りは誰でもすぐに覚えて踊ることができ、尚かつ様になる。彼は、料理の世界に例えるなら、どこの家庭にもあるような平凡な食材を使い、どんなに料理が下手な主婦にもプロ並の味が出せる仰天レシピと裏技調理法を考えつくことのできる天才料理人のような男である。シンプルで何気ない動作を、ちょっとした捻りで強烈なダンスへ変えてしまう彼の発想力は驚異的だ。そして、その動きはまるで音楽を肉体で翻訳したかのように自然なのである。ライオネル・リッチーが踊っても絵になるようなダンスを、天性のダンサーであるマイケルが踊るのだから、そのカッコよさはとにかく半端でない。

 監督のボブ・ジラルディによると、「Beat It」の振付にマイケルは関わっておらず、ダンス場面は完全にピーターズの創作によるものらしい。

「マイケル・ジャクソンが振付をしていないと断言できる唯一の作品だね。〈Beat It〉を振付けたのはマイケル・ピーターズだ。冥福を祈るよ。今は亡き本当に素晴らしい振付師だ。ものすごいストリート・ダンサーで、彼があれを振付け、それをマイケル・ジャクソンが踊った。それも見事にね。あれ以降の作品には全てマイケル・ジャクソンが振付に関わっているんじゃないかと思うけど。〈Beat It〉は、人が思っている以上にマイケル・ピーターズの貢献が大きいんだよ」(7 July 2009, Boardsmag.com)

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ピーターズが出演したL・リッチーのヴィデオ「Running With The Night」(左)と「Hello」(右)

 マイケル・ピーターズが振付けた音楽ヴィデオの中には、実際に彼自身が出演して踊っているものもある。「Beat It」もそのうちの1本。上下白を着た黒人のギャング・リーダーを演じているのが彼である。ピーターズの出演はマイケル本人の要望でもあったようだ。「Thriller」のメイキング・ヴィデオ「The Making Of Thriller」でも、インタヴューとリハーサル場面でピーターズの姿を見ることができる。

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 一方、白人のギャング・リーダー役を演じているのは、同じく振付師のヴィンセント・パターソン Vincent Paterson。当時、駆け出しのダンサーだった彼は、マイケルの新作ヴィデオで踊るギャング役のオーディションの話を聞き、わざわざチンピラ・ルックで参加した。他の参加者たちが全員レオタードやストレッチ・パンツのダンス着だったため、彼はオーディションの場で異様に目立ち、実際に踊ると一発でマイケルに気に入られ、採用が決定したという。このヴィデオへの出演がパターソンのキャリアを大きく変えた。
 引き続き「Thriller」にゾンビ役で出演した後、彼は'87~88年〈Bad〉ツアーや「The Way You Make Me Feel」「Smooth Criminal」「Black Or White」ヴィデオなどで振付を任され、更にはヴィデオ監督(「Will You Be There」「Blood On The Dance Floor」)としてもマイケルとコラボレーションを続けていくことになる。マイケル作品以外にも、マドンナの'90年〈Blond Ambition〉ツアー、同じくマドンナ主演『エビータ』、ビョーク主演『ダンサー・イン・ザ・ダーク』など、テレビ、映画、舞台で多くの作品の振付/演出を手掛けている。
 ちなみに、パターソンはアル・ヤンコヴィックによる「Beat It」のパロディ・ヴィデオ「Eat It」(1984)にも全く同じ役で出演している。彼は「Eat It」における唯一の“本物”(オリジナル「Beat It」出演者)で、一人だけ変テコな世界に入り込んでしまった感じがやたら可笑しい。

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エレクトリック・ブガルーズのロボット・ダン Robot Dane

 マイケルと踊っている全18名のダンサーの中には、エレクトリック・ブガルーズ Electric Boogaloos のメンバーも含まれている。エレクトリック・ブガルーズはポッピングを生んだ伝説的なダンス・チーム(ポッピングというのは、パントマイムの流れを汲んだストリート・ダンスの一種。マイケルがよく見せるカクカクした気持ち悪い動きのダンスがそれ。'70年代にマイケルがやっていたロボット・ダンスも、ポッピングの源流のひとつである)。ムーンウォーク(=バック・スライド)もポッピングで使われる技のひとつで、マイケルにムーンウォークを伝授したシャラマーのジェフリー・ダニエルも彼らと活動(と生活)を共にしていたことがあるようだ。'80年代以降のマイケルのダンス・スタイルに莫大な影響を与えたブガルーズのメンバーは、引き続きマイケルの映像作品「Thriller」『Captain EO』「Smooth Criminal」『Ghosts』にも出演している。


 マイケルと踊っているのはプロのダンサーだが、その他、大勢のエキストラには、地元ロサンゼルスの巨大ギャング集団、クリップス Crips とブラッズ Bloods のメンバーが使われている。映像にリアリティを持たせるため、マイケル自身が本物のストリート・ギャングの出演を望んだのだが、監督のボブ・ジラルディは、撮影が困難になるという理由でそのアイデアには難色を示していた。

 ヴィデオの撮影は2日間、万一に備え、警察による警備を伴って行われた。そして、案の定、撮影初日に問題は起きた。以下は、監督ジラルディの回想。
 
「初日の夜、ほとんど続行不能になった。最初の1時間を過ぎると、撮影現場なんてひたすら退屈なものでしかなくなるからね。クリップスとブラッズの連中は互いにイラつき始めたんだ。なにせ宿敵同士だからね。いくつかいざこざが起き、私のところに警官が2人やって来て、撮影を中止しろと言う。私は何とか警官を説得し、とにかくダンス場面を撮らせてくれと頼んだ。事態を収拾するには音楽を大音量で鳴らすしかない、それですべて収まる気がするし、ダメもとでやらせてくれ、と言ってね。その警官は話の分かる奴で、私を見て、OK、そこまでだぞ、と言ってくれた。本当に爆発寸前で、にっちもさっちもいかない恐ろしい状況でね。我々はあの倉庫にいて、予定を変更してダンス場面を撮ることにした。キャンピング・カーからマイケルを連れて来い、さあ行くぞ、ってね。
 ギャングたちは踊れないので、輪になって眺めた。そして、ダンサーたちがマイケル・ピーターズとヴィンス・パターソンと一緒に全員で踊り始めた。マイケル・ジャクソンが降りてきて喧嘩を止めるところでは、クリップスとブラッズの連中たちが、あの曲を聴きながらダンサーたちの踊りを眺めていた時の表情を思い出すよ。ダンサーの若者たちは基本的に大体がゲイだったんだけど、彼らが踊り始めると、クリップスとブラッズたちは、“おいおい、俺ら色々もめ合ってるけど、ありゃクールじゃないか。あんなの俺らには絶対できないぜ”って顔してね。それでその晩は上手くいったのさ」(7 July 2009, Boardsmag.com)

 この逸話はなかなか感動的である。ヴィデオの物語と同じような出来事が、実際に撮影現場でも起きていたのである。

 “マイケル版『ウエスト・サイド物語』”と言われる「Beat It」だが、監督のジラルディとしては、自分の作品が常に有名な古典と比較されるのは、あまりいい気分ではないようだ。

「私はニュージャージーのパターソンで育った。いつもピリピリした感じの町だったんだけど、実際よりも自分をタフに見せようとしてるような連中だらけでね。マイケルが書いたこの平和と和解の歌は、不良の喧嘩みたいな話にピッタリだと思った。2人のリード・ダンサー、マイケル・ピーターズとヴィンス・パターソンが腕を縛って飛び出しナイフで決闘する場面は『ウエスト・サイド物語』が元ネタだ、と書かれたけど、全然違うんだ。あの場面は、私が夏に工場で働いていた時に耳にした話が基なんだよ。ニュージャージー生まれの筋金入りのタフ・ガイから聞いた話で、2人の野郎が互いの腕を縛って飛び出しナイフで喧嘩するのを見たっていうんだ。勝ち残った方もただじゃ済まなかったってね。ヴィデオはその話が基になっているんだ」


マイケルの『ウエスト・サイド物語』三部作

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「Bad」における典型的な『ウエスト・サイド物語』的瞬間

 マイケルはとにかく『ウエスト・サイド物語』の大ファンで、後の作品でも積極的に引用を続けている。マイケル版『ウエスト・サイド物語』は、実は三部作であると言ってもいい。

 同じくストリートがテーマにされたヴィデオ「Bad」(1987/マーティン・スコセッシ監督)。ブルックリンの地下鉄駅構内で繰り広げられるミュージカル場面では、『ウエスト・サイド物語』終盤の最大の見せ場、リーダーを失ったジェット団たちが屋内駐車場で歌い踊る「Cool」場面の演出が引用されている。ロケーションの雰囲気、ダンサーたちが分散しながら披露する群舞、それらを同時並行的に捉えるカメラや編集が似ている上、ダンサーたちが発する意味不明の掛け声や、ダンス自体の振付にも共通点がある。オルガン・ソロの間奏部分でマイケルを先頭に披露される群舞では、「Cool」の冒頭でデヴィッド・ウィンターズが“パオー!”の掛け声の後に見せるアクション(背中を丸めて横向きに小走りする)に続き、四肢を大きくを広げる『ウエスト・サイド物語』の代名詞的なポージングまで登場する。その直後、柔軟体操のように首を回すアクションも「Cool」からの頂きである。実際、ジェフリー・ダニエルの発言によると、グレッグ・バージと共に「Bad」を振付けた彼は、『ウエスト・サイド物語』を意識しつつ、より現代的な振付を心掛けたのだという。

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『ウエスト・サイド物語』──「Cool」の群舞

 そもそも、「Bad」という曲──“お前は間違ってる。争うんじゃない。わかっちゃいないぜ。オレこそバッドだ”──自体、何が本当にクールなのかと問う「Beat It」(“でも、お前はバッドになりたがる”)の世界を引き継いだもので、「Bad」のヴィデオが再びマイケル版『ウエスト・サイド物語』になったことは理に適っている。“バッド”というのは“クール、ヤバい、カッコいい”という意味だが(このヴィデオの文脈では“黒さ”の隠喩でもある。別エントリーで詳述)、これが『ウエスト・サイド物語』の「Cool」(“熱くなるな、クールに行け”)と重ねられている点が、「Bad」ヴィデオのひとつの面白さである。


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『ウエスト・サイド物語』のチャキリス(左)と「The Way You Make Me Feel」のマイケル(右)

 『ウエスト・サイド物語』からの影響は、「Bad」の次のシングル「The Way You Make Me Feel」のヴィデオでも見られる。ストリート・ギャングの群舞ものという時点で既に『ウエスト・サイド物語』的だが、このヴィデオではまずマイケルの衣裳に注目して欲しい。シャツの前をはだけて、裾をズボンに中に入れる着こなしは、ジョージ・チャキリスそのまんまである。シャツの色を赤から青、インナーを黒から白に変えただけなのだ。更に、ナイフの決闘場面でラス・タンブリン演じるリフ(ジェット団のリーダー)が着ていた青ジャンパー&白Tシャツという格好を考えれば、マイケルのこの衣裳は、『ウエスト・サイド物語』の両リーダーのイメージを合体させたものとも言える。

 では、『ウエスト・サイド物語』の中に、具体的に「The Way You Make Me Feel」と似ている場面は存在するのか?
 「Beat It」や「Bad」ほどあからさまではないが、実は、あると言えば、ある。物語の前半、シャーク団の男女たちが夜更けのアパート屋上で歌い踊る「America」のミュージカル場面がそれだ。

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『ウエスト・サイド物語』──「America」の群舞

 この場面では、男子グループと女子グループに分かれたシャーク団の面々が、プエルトリコ移民としての自分たちのアイデンティティを巡り、歌と踊りで和気藹々とディベート合戦をする。「The Way You Make Me Feel」のように男が女の尻を追うわけではないが、男子グループ vs 女子グループで楽しく争う様子が似ていると言えば似ている。また、男子グループが見せる踊りの中には、「The Way You Make Me Feel」の群舞場面で見られる、両手を頭上に上げて身体をシャキッと伸ばすポーズ(に似たもの)もいくつか登場する。彼らのルーツをフラメンコ風の振付で表現したものだと思うが、「The Way You Make Me Feel」ではこれが非常にシャープな動作で行われ、また趣の異なるアクションになっている(……と、無理やり関連づけてみたが、あのマイケルの振りの元ネタは、実際には、『サマー・ストック』に登場するジュディ・ガーランドのナンバー「Get Happy」冒頭における男性ダンサーのアクションである気がする)。
 更には、「The Way You Make Me Feel」で曲が始まる直前、マイケルがヒロインのタティアナ・サムツェンに近寄る場面と、群舞場面のイントロに登場するフィンガースナップ、また、群舞で左脚を横水平に上げるポーズ、意味不明な掛け声などにも、『ウエスト・サイド物語』の影響を見出すことができる。

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ベルトの代わりにウェストを紐で縛っているアステア

 「The Way You Make Me Feel」のマイケルのファッションについて、もうひとつ指摘しておきたい。
 マイケルはベルトをせず、ズボンのウェストを紐のようなもので無造作に縛っている。ベルトの代わりに紐を使う着こなしは、フレッド・アステアのトレードマークのひとつである(アステアは主にシルク・スカーフを丸めて使っていたようだが。結び目は中央ではなく左脇に作る)。スクリーンの中だけでなく、アステアはプライヴェートでもこのスタイルを好んでいた。上の写真──『ロバータ(Roberta)』(1935/上段左)、『晴れて今宵は(You Were Never Lovelier)』(1942/上段右)、自宅で息子とトウ・スタンドするアステア(1940/下段左)、MGMで稽古中のアステア(下段右)──はそのほんの一例。淀川長治も、来日中に面会したアステアがやはりズボンを紐のようなもので縛っており、それがとても粋だった、という話をどこかでしていたと思う。ダンサーでウェストを紐状のもので縛っている奴がいたら、そいつは99%アステア信奉者と見て間違いない(単にベルトを買う金がない可能性もあるが)。紐をベルト代わりに使うスタイルは、そのくらいアステアのイメージと強く結びついている。

 ジョージ・チャキリスのシャツ、フレッド・アステアの腰紐、そして、足下にはジーン・ケリーの黒いローファー。マイケル・ジャクソンというのは、そういう奴なのである。


『グリース』──もうひとつの『ウエスト・サイド物語』

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『グリース』のジョン・トラヴォルタ

 「The Way You Make Me Feel」、あるいは、マイケルの不良イメージ作りそのものに多大な影響を与えている映画として、ここでジョン・トラヴォルタ主演『グリース(Grease)』(1978)を紹介しておきたい。'72年のブロードウェイ作品の映画化で、'50年代末のアメリカの高校を舞台にした不良の青春群像ミュージカル。端的に言うと、『ウエスト・サイド物語』を換骨奪胎した作品である。

bad_leather.jpg 注目は映画序盤、新学期の初日、トラヴォルタが夏休みに出会った女の子(オリヴィア・ニュートン=ジョン)とのロマンスを、誇張を交えて仲間に語って聞かせるナンバー「Summer Nights」。運動場の観戦席で繰り広げられるこのミュージカル場面で、トラヴォルタが女のボディ・ラインを両手で示して腰を動かすハメハメ・アクション(性交を示すジェスチャー)を、マイケルは「The Way You Make Me Feel」でそのまま使っている(『サタデー・ナイト・フィーバー』DVDに特典収録されているダンス・リハーサル映像の中でも、トラヴォルタがこの動作をする様子が見られる)。更に、マイケルはこの「Summer Nights」場面から、もうひとつ重要なネタをパクっている。「Billie Jean」のステージ・パフォーマンス冒頭で見せる、髪(リーゼント)をクシで整えるアクションがそれだ。
 いずれも決してこの映画を起源とするような特殊なアクションではないが、マイケルがここからネタを仕入れたことは、この映画のトラヴォルタをマイケルと比較しながら観察すれば疑いようがない。黒レザー、黒ズボン、白シャツ、白靴下というトラヴォルタの衣裳は、「Bad」のステージ・パフォーマンス(写真)で模倣された。マイケルがヒロインを追いかけ回す「The Way You Make Me Feel」の演出にしても、実は映画終盤のナンバー「You're The One That I Want」に原型を見出すことができる(セクシーにイメチェンしたオリヴィアにトラヴォルタがメロメロになり、彼女を追いかける。モロにマイケルな振付も登場するので要注目)。マイケル・ファンであれば、『グリース』のトラヴォルタに、'80年代以降のマイケルのイメージの片鱗をいくつも発見することができるはずだ。

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『監獄ロック』のエルヴィス(左/下半身に注目)とリーゼントを整えるエルヴィス(右)

 『グリース』で、不良グループ、Tバード団(スコルピオ団というグループと対立している)のリーダー、ダニー役を演じたトラヴォルタは、明らかに『ウエスト・サイド物語』のジョージ・チャキリスのイメージを踏襲している。赤を身に付けたチャキリスは『理由なき反抗(Rebel Without A Cause)』(1955)のジェイムズ・ディーンのイメージを内包していたが、黒いレザーのトラヴォルタはマーロン・ブランド~エルヴィス寄りで、音楽のモチーフもジャズからロックンロールに変わっている。「Beat It」「Bad」「The Way You Make Me Feel」でマイケルが演じたクールな不良は、『ウエスト・サイド物語』のチャキリス、『グリース』のトラヴォルタを二大ロールモデルとし、両者を介して、更にジェイムズ・ディーン、マーロン・ブランド、エルヴィス・プレスリーという、白人社会の古典的な怒れる若者イメージを引き継いでいるのである。俳優であるディーンやブランドとは直接的には繋がりにくいが、同じく歌手であるエルヴィスのイメージは、マイケルの中により具体的な形で顕れているだろう。
 音楽性のみならず、視覚的にも白人若者ヒーローの王道イメージを背負うマイケルは、白人層にとっては非常に親近感を覚えやすい存在でもあった。マイケルのいかにも“反抗的”な素振りは、彼らにとっては脅威でもなんでもない。それは、'80年代に親世代となっていたアメリカの主流白人層にとって、青春時代へのノスタルジーを喚起するものであり、マイケルは子供にも安心して勧められる極めて保守的な黒人スターだった。これが'80年代にマイケルの未曾有のクロスオーヴァー化を実現した大きなポイントである。

 『グリース』は、『ウエスト・サイド物語』と同じ'50年代末を舞台にした不良ものでありながら、深刻な思春期の苦悩や人種問題などとは一切無縁である。物語は終始ハッピーで、死人が出ることもない。そこで描かれるのは、飽くまで古き良き'50年代のアメリカであり、そのノスタルジー感覚が、同時代に制作された『ウエスト・サイド物語』と'70年代に制作された『グリース』の決定的な差異である。往年のミュージカル映画の記憶を内包したマイケルのヴィデオ作品も、基本的には『グリース』の系譜に属するものだが、いずれにせよ、黒人が主役の作品がメインストリームで天下を取った点は画期的だった。


マイケルはミュージカル映画を救う

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撮影現場でチャキリスらに振付を指導するジェローム・ロビンズ

 『ウエスト・サイド物語』以前、フレッド・アステアやジーン・ケリーが銀幕を賑わしていた時代のミュージカル映画というのは、基本的には卓越した個人芸の世界だった。カメラは大抵、引きの画で役者を捉え、ミュージカル場面は彼らのライヴ・パフォーマンスのドキュメント的な性質を強く持つ。そこへ『ウエスト・サイド物語』が登場し、統制の取れた群舞と変化に富むダイナミックなカメラで革命を起こした。
 但し、これには功罪があって、ミュージカルの主流が群舞に移ることで、アステアやケリー級のスター・ダンサーが生まれにくくなり、また、カメラや編集が洗練され、パフォーマンスのレベルは並でも十分に魅力的な作品を作ることができるようになった結果、総体的にダンサーの質が低下するといった弊害をもたらすことにもなった。

 そこで、マイケル・ジャクソンである。彼は、アステアやケリーに比肩する(あるいは、彼らに勝る)ダンス能力と強烈なスター性、そして、『ウエスト・サイド物語』の群舞と斬新な映像表現の両方を同時に手にしていた。このことは、『ウエスト・サイド物語』の群舞とマイケルのヴィデオの群舞を見比べるとよく分かる。『ウエスト・サイド物語』の場合、各ダンサー個人の動きではなく、もっぱら統制の取れた集団全体の動きの美しさに目がいくのに対し、マイケルのヴィデオでは、同じ集団芸の魅力を持ちながら、同時に、マイケルという一人の主役の動きが(周りと同じ動きをしている時でさえ)圧倒的に際立ち、観る者を惹きつけるのである。マイケルの群舞は、集団芸でもあり、個人芸でもあるのだ。
 チャキリス、アステア、ケリーを混ぜ合わせたような衣裳のマイケルについて、“そういう奴なのである”と先述したのは、そういう意味だ。マイケル・ジャクソンは、過去のミュージカル映画の長所を集積し、統合することによって、ほとんどノスタルジーの対象でしかなくなっていたこの映画ジャンルの魅力を、'80年代ポップ・カルチャーのど真ん中で完全復活させたのである。

 歌手が大勢のダンサーを従えて歌い踊る現在の音楽ヴィデオの類型はこうして生まれた。しかし、それもスタイルばかりがコピーされ、マンネリ化するにしたがって当初の魅力を失っていくことになる。見映えが良いことから、パフォーマンスのお粗末さを誤魔化す手段として氾濫し、安っぽいスターを量産することになったのも忌むべきことではあるだろう。もっとも、それは群舞ものに限らず、音楽ヴィデオというメディア自体が当初から抱えていた問題でもあるわけだが。

 マイケル初の群舞ヴィデオ「Beat It」には、後の無数のエピゴーネンとは一線を画する情熱と創意工夫、そして何より、希代の天才による最高のパフォーマンスがある。ミュージカル映像の歴史を更新した「Beat It」が、『ウエスト・サイド物語』同様、不動のクラシックとして今後も人々から愛され、次世代によって再発見され続けていくことは間違いない。



WEST SIDE STORY ('Somebody Call Michael' mix)


※余談だが、'09年現在で最も包括的なマイケルのショート・フィルム集『Video Greatest Hits - HIStory』(1995)、『HIStory On Film, Volume II』(1997)に収録されている「Beat It」は、ステレオ音声のチャンネルが左右逆になっている。最悪なのは、これによって、M・ピーターズとV・パターソンが飛び出しナイフを取り出す場面で、ナイフの刃が出る効果音が2人の立ち位置と逆になってしまっていることだ('08年発売の『THRILLER 25』ボーナスDVD収録の「Beat It」では、このミスがきちんと正されている。'03年の特選ショート・フィルム集『Number Ones』は未確認)。あらゆる作品を網羅し、丁寧にリマスターを施したマイケルの究極のショート・フィルム全集の発売が待たれる。


マイケルの最強ショート・フィルム10選【第1~10位】
『ウエスト・サイド・ストーリー』@東急シアターオーブ 2012
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