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マイケルの最強ショート・フィルム10選【第2位】

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 マイケル・ジャクソン追悼特別企画、独断と偏見で選ぶ“マイケルの最強ショート・フィルム10選(Top 10 Badass MJ Short Films)”。世間一般の評価とはあまり関係なく、単純にマイケルがヤバかっこいいヴィデオを10本選んで語ることで彼を偲ぶ連載エントリー。バッドでデンジャラスでインヴィンシブルな天才パフォーマー、マイケル・ジャクソンの魅力をより多くの人々に知ってもらえれば幸いだ。

 第2位を奪取したのはダークホース、この作品!


#2
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IN THE CLOSET (1992)
Directed: Herb Ritts

 『DANGEROUS』からの第三弾シングル('92年5月発売)。第二弾に切られた「Remember The Time」(EW&F「September」!)も最高だが、こちらも負けず劣らずの強力ナンバーだ。

 まず、その意味深なタイトルについて説明しておく必要があるだろう。“In the closet”は、直訳すると“押入の中”という意味だが、この“押入”は、同性愛者が自分の性的指向を秘密にしている状態を示す隠語である。例えば、“stay in the closet(押入にこもる)”で“隠れ同性愛者でいる”、“come out of the closet(押入から出る)”で、“自分が同性愛者であることを明らかにする”という意味になる。日本でも外来語として定着している“カミングアウト”は、つまり、その“押入”から“出る”ということである。フレディ・マーキュリーのバンド名でもある“queen”は、ずばり“ホモ”を示す隠語だが、“closet queen”で“隠れホモ”という表現にもなる。
 ゲイではないか、とゴシップ紙から書き立てられていたマイケルが、「In The Closet」というタイトルの曲を発表することの衝撃性・話題性をまず十分に踏まえてもらいたい。


マイケル、マドンナに喰われそうになる

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'91年4月9日、ロスのレストランを後にするマイケルとマドンナ

 「In The Closet」は、もともとマドンナとのデュエットを想定して用意された作品だった。'09年9月のMTVアウォードでマドンナ自身も回想していた通り、『DANGEROUS』制作中の一時期、この2人のスーパースターには交流があった。'91年3月25日のアカデミー賞には、マドンナがマイケルを同伴して出席。また、同時期にロスのレストランで2人がデートする姿が報じられるなどして話題を呼んだ。「In The Closet」の共演が企てられていたのはまさにこの時期。当時、マドンナは進行中のマイケルとのコラボレーションについてインタヴューで以下のように語っている。

「マイケル・ジャクソンに言ってるのよ。あなたにホセ&ルイ(Jose & Louis/マドンナのバック・ダンサー)を一週間貸してあげるわ。あの子たちに靴箱の中から出してもらいなさい、って。ホセ&ルイと付き合ったら、クローゼットの靴箱に閉じこもってなんかいられなくなるわよ。まあ、私と付き合ってもそうだけど。
 マイケルについては色々と考えてるの。一緒に曲も作るつもりよ。私は彼のイメージを完全に作り替えたいの。シーザー風に髪をすごく短くさせてね。バックルがジャラジャラついたブーツとかもやめさせたいわ。彼にはニューヨークへ行って、一週間、ハウス・オブ・エクストラヴァガンザ(House Of Extravaganza/「Vogue」で踊っているダンス・グループ)と遊んでもらいたい。あの連中なら彼を変身させることができる。ホセ&ルイにはもう頼んであるの。彼らもノリノリよ。“あの人を私のために改造してもらえない?”ってね。彼にはとにかく改造が必要だと思うわ。
 彼はいくつか私が驚くようなことにも乗り気でいる。一緒に曲を書いてるところなのよ。私にはくだらないバラードとかラヴ・ソングのデュエットをやる気はさらさらない。そんなの誰も買いっこないし。彼に言ったの。“いい、マイケル? 私と組みたいなら中途半端はダメよ。イヤなら私はやらないからね”。彼はイエスって言い続けてるわ」(7 May 1991, The Advocate)
 
 しかし、マドンナとマイケルの共演は、かつての「Bad」におけるプリンスとのデュエット企画同様、結局アーティスト間で折り合いがつかず、最終的に話は流れた。未遂に終わったマイケルとのコラボレーションについて、'92年にマドンナが説明している。

「別に私が不満だったわけじゃなくてね。実験だった。彼が連絡してきたの。一緒に曲を書きたい、と向こうからアプローチしてきたのよ。そそられる話だったわ。私にとって人と共作するのは大変なことなのよ。相手のことをよく知る必要があるし、その人を信頼して、ありのままの自分をさらけ出せなきゃいけないから。ある意味、とても親密な関係を結ぶことよね。上手くいくか分からなかったけど、彼は才能ある人だし、それで一緒にやることにしたの。
 彼は曲の断片を聴かせてくれた。まだまだ未完成のトラックでね。〈In The Closet〉というタイトルにしたいって言うもんだから、私は“ホントに? どういう意味だか分かってるの?”。そしたら彼は“うん”って。私はその手の皮肉で暗示めいた題材が好きだし、そういうつもりなら、と。彼がそういうことを吐露したいだなんて、私にはちょっとビックリでね。だって、すごく挑発的なタイトルでしょ。で、詞を書いたり、アイデアなんかを練りはじめて、それを彼に提示したんだけど、彼は気に入らなかった。彼はただ挑発的な曲名が欲しかっただけなんだと思うわ。結局、曲名に相応しい歌の内容なんて望んでいなかったのよね」(13 October 1992, Jonathan Ross Presents Madonna)

 マイケルとしては“普通に”挑発的な話題作を意図して共演を持ち掛けたのだろうが、そこは女帝マドンナ、さすがにマイケルの思い通りにはならなかった。歌詞と一緒にマドンナが提示したヴィデオの案は、彼女が男装、マイケルが女装して歌うものだったという。曲名が曲名だけに、彼女の発想は至極真っ当なのだが、マイケルにはさすがに歩が悪すぎる。言われるままに制作を進めていたら、彼は間違いなくマドンナに喰われていただろう(あるいは、それによってマイケルが本当にハジけてしまい、全く別のヒストリーが作られていた可能性も……ないか)。
 要するに、マイケルは相手を間違えたのである。上に引いたマドンナの“マイケル改造計画”についての発言を見ると、まるで赤頭巾ちゃんを狙う強かな狼のようである。チャンスは最大限に利用し、飽くまで自分に有利に政治を進める。マドンナのやり方は徹底している。それは、'09年に両者の間で繰り広げられたケント・モリ(ダンサー)の争奪戦においても変わっていない。ヴィデオで狼男を演じたマイケルも、本物の狼の前では退散するしかなかった。

 結局、マイケルは「In The Closet」の詞を一人で書いた。“あなたといると自分が抑えきれない/私に触れて/私たちの愛を隠さないで/女から男へ”という女性の独白に始まり、サビではマイケルが“約束しておくれ/僕らが何を言おうと/何をしようと/誓って2人だけの秘密だからね(keep it in the closet)”と囁く。思わせぶりなタイトルとは裏腹に、極めてヘテロセクシャルなラヴ・ソングである。ここでマイケルは自分のセクシュアリティの曖昧さにひとつの決着を与えているようにも見えるが、マイケルが歌うと、どうしても普通の異性愛ソングには聞こえず、どこか奇妙に超越的な響きを伴う。クローゼットはここでもやはり閉ざされているように感じる。

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ステファニー王女(写真右は母親と)

 マドンナに代わってデュエットを担当した女性は、クレジットでは“Mystery Girl”とされていたが、後にモナコのステファニー王女であることが判明している(グレイス・ケリーの次女。'65年生まれ。ケリーが死んだ事故車の同乗者)。彼女はファッション・モデルとして活躍した後、'86年にStephanieの名で歌手デビュー。ヨーロッパでかなりの成功を収めたが、英語圏進出を狙った'91年の2ndが大コケし、マイケルとの「In The Closet」のデュエットを最後に歌手活動から足を洗っている。
 ステファニーは「In The Closet」で見事に大役を果たしたが、マドンナにしてみれば、確かにこんな引き立て役は冗談じゃなかっただろう。


肉体崇拝者、ハーブ・リッツ

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ハーブ・リッツ撮影によるマドンナ(左)とプリンス(右)

 マドンナとの共演は御破算になったが、ヴィデオには彼女とのコラボレーションの名残が感じられる。「In The Closet」でメガホンをとったのは、マドンナ『TRUE BLUE』(1986)のカヴァー写真でお馴染みのハーブ・リッツ(1952~2002/マイケルと同じく享年50歳)。マイケル『INVINCIBLE』やシャーデー『LOVE DELUXE』のカヴァーを担当したアルバート・ワトソンと同じく、美しいコントラストのモノクロ作品を得意とする写真家である。レニ・リーフェンシュタールを想起させるストレートな肉体讃美が特色で、中でもマッチョなゲイ男性をフィーチャーしたヌード作品群が有名。親交の深いマドンナに勧められ、彼女の「Cherish」(1989)から音楽ヴィデオも手掛け始めた。死ぬまでに全13本のヴィデオを監督しているが、ジャネット「Love Will Never Do (Without You)」(1990)、クリス・アイザック「Wicked Game」(1991)など、彼の写真がそのまま生き生きと動いているような初期作品がとりわけ素晴らしい。「In The Closet」も、そうした傑作の中のひとつである。

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ハーブ・リッツ撮影によるマイケル(左)とナオミ(右)

 リッツが監督したヴィデオには、ナイスバディのモデルや俳優が登場し、主役のアーティストといちゃいちゃ絡むというパターンが多い(って言うか、そればっか)。マドンナ「Cherish」のトニー・ウォード、ジャネット「Love Will Never Do (Without You)」のアントニオ・サバト・Jr&ジェイモン・フンスー、クリス・アイザック「Wicked Game」のヘレナ・クリステンセン、ジョン・ボン・ジョヴィ「Please Come Home For Christmas」のシンディ・クロフォードに代わり、ここでマイケルの相手役として登場したのは、'90年代を代表するスーパーモデル、ナオミ・キャンベル。

 撮影は'92年3月、カリフォルニア州、コロラド砂漠内にあるソルトン湖の近辺で行われた。かつてU2が『THE JOSHUA TREE』(1987)のアルバム・カヴァーを撮影したジョシュア・ツリー国立公園のすぐ南で、似たような砂漠平原が広がっている場所である。そこに佇む白いハシエンダを舞台に、マイケルとナオミが絡む様子が、リッツらしいセピア調の美しいモノクロ映像でダイナミックに捉えられている。同じく砂漠ロケ&セピア映像のジャネット「Love Will Never Do (Without You)」と似たような雰囲気だが、こちらはメキシコ~スペイン風のロケーションも効果を上げ、映像はより情熱的で官能的だ。

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「In The Closet」はスチールも死ぬほど美しい(これだけで写真集を作って欲しいくらいだ)

 ここでマイケルは汚れた白い肌着に黒ジーンズという、非常に簡素なファッションに身を包んでいる。髪を後ろで綺麗に束ね、降り注ぐ陽光に汗ばんだ肌を晒しながら、野性的でセクシーに歌い踊るマイケル。これはかつてなかったマイケル・ジャクソン像である(彼は本当は日光に当たってはいけない)。
 当然、ハーブ・リッツのディレクションによるものだろうが、これはマドンナの考えていたマイケル改造計画とも共通する方向性だろう。そして、'90年代モードにきっちり合わせたマイケルは、確かに凄まじくイケている。はっきり言って、殺人的にカッコいい(元が良いから当然なのだが)。『BAD』の頃から、彼は独自の美学で世間の流行とは関係ないところで自分のイメージを作るようになっていたが(それがファンを限定することにもなっていたと思う)、こうしてきちんと時代に即したスタイルに身を包むと、その半端でないカッコよさが際立つ。ハーブ・リッツは、マイケル・ジャクソンという超人的なスターをどのように捉えれば良いか完璧に把握していた。

 このヴィデオは、とにかくマイケルとナオミの肉体の神々しさに尽きる。観ていると、2人が自分と同じ人間とは本気で思えなくなる。その完璧なフォルムの肉体は、ほとんど芸術作品のレベルにあり、まさに“神が造った大傑作”とでも形容するに相応しい威光を放っている。そして、そのありえないほどに美しい2つの肉体が、これまたありえない動きをする様を、リッツは完璧なカメラワークと構図によって、次から次へと画面の中に捉えていくのである。どの場面を切り取ってもスチール作品として立派に成立する完成度があるが、リッツは動画にも非凡なセンスを見せ、素晴らしい運動神経で2人の身体の動きを追っていく。スロー、急激なズーム、緩やかなパンなどを織り交ぜながら激しくリズムを変調させるリッツの映像は、音楽的であると同時に、そこに映し出されるマイケルとナオミの肉感的な絡みと同様、様々な緩急を伴うセックスの官能そのものを体現しているようにも思える。

 また、後半では、開いた扉からの逆光でマイケルがシルエットで浮かび上がり、他のヴィデオとは一味も二味も違う、凄まじくクールなダンス・シークエンスが展開されるのも魅力である。ダンス自体の素晴らしさは言うまでもないが、ここで何より目を奪われるのは、マイケルのボディ・ラインの尋常でない美しさだ。モノクロでは色の情報がない分、構図や被写体のフォルムの美しさが際立つ。ハーブ・リッツは最初から最後まで、とにかくマイケルとナオミという2つの奇蹟の肉体を活写することに全身全霊を捧げているのである。

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アステア同様、マイケルの腕は異様に長い

 マイケル・ジャクソンには、その声質やルックスに顕著な通り、非常に中性的・無性的な魅力がある。カリスマ的な人気を得るスターには、昔から同じような魅力を持った人物が少なくない。初期のエルヴィス・プレスリーやジェイムズ・ディーンはその典型だし、初期のビートルズにも似たような魅力があったと思う。あるいは、リトル・リチャード、ミック・ジャガー、マーク・ボランやデヴィッド・ボウイ、マイケルと同時代のスターでは、プリンス、マドンナ、グレイス・ジョーンズ、アニー・レノックスらがこれに当てはまる(ちなみに、マドンナのライバルと目されていたシンディ・ローパーはいかにも女性的だ)。マイケルが敬愛するジーン・ケリーは男性的だが、フレッド・アステアは間違いなく無性的である。私の好きな山口百恵沢田研二、'09年の展覧会で話題になった興福寺の阿修羅像などもそうだし、男物の衣服を好んで身につけていた初期のシャーデー・アデュにしても、確かに似たような魅力があったと言える。

 性差を超越する彼らの肉体や作品には、程度の差こそあれ、どこか神々しい官能が漂っていて、人はそれに強く惹かれるのだと思う。例えば、マイケルが“アオーゥ!”“フォーッ!”“ヒ~ヒ~!”などと叫ぶ時、私はそこに全く同じ官能を強く覚えて恍惚となる。ジェイムズ・ブラウンが発する表記不能の金属的シャウトなども同様だ。優れた芸術というものは、そのような、この世の卑小な常識や論理から逸脱した官能を喚起するものではないだろうか(少なくとも私は基本的にそういうものを芸術に求めている)。

 セクシュアリティの曖昧さや、顔面と肌の色の変化によって、'90年代以降、単に変人視される傾向が強まっていったマイケルだが、いまだに彼のことを単なる変人としか思っていない人には、とにかく一度この「In The Closet」を観て欲しい。そして、マイケルが我々の常識や論理では説明不能な桁外れの変人だったという点を是非とも理解して頂きたい。その肉体と一挙一動は、もはや神レベルと形容するしかない次元のものだ。これはどう見ても、ヤバい。


豹と戯れるディオニュソス

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生きる芸術品、マイケル・ジャクソン

 ギリシャ神話に登場するディオニュソスという神がいる。あらゆる道徳的規範を凌駕し、女たちを熱狂させ、ひたすら生を謳歌し、解放、恍惚、陶酔、そして、カオスをもたらす酒と祝祭の神である。ディオニュソスには両性具有的な側面があり、その容姿は極めて美麗であるという。

 背徳的で秩序を掻き乱す音楽だったロックの世界には、昔からこのディオニュソスと似たようなタイプの人物が生まれやすい。エルヴィス・プレスリー、ジム・モリスン、イギー・ポップ、ロバート・プラントあたりがその典型だと思うが、マイケルの肉体の神々しさを形容する言葉を探していて、私が思い至ったのが、やはりディオニュソスだった。激情を露わにし、扇情的なアクションやシャウトでスタジアムの聴衆を熱狂の渦に叩き込むマイケルは、まさしくディオニュソス的スターと言ぶに相応しい。

 一方、マイケルは全く正反対の理性的な面も併せ持っていて、社会の秩序や道徳を重んじる「We Are The World」「Heal The World」のような夢想的な歌も歌う。これはディオニュソスの対立概念として引き合いに出される神、アポロンの性質を見事に表している。マイケルの中には、ディオニュソスとアポロン、2つの神が同居しているのである。

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豹を抱くディオニュソス(左/大理石/イタリア、ソンマ・ヴェスヴィアーナ/紀元後1世紀)
豹に乗るディオニュソス(右/モザイク/ギリシャ、ペラ/紀元前4世紀)


 ディオニュソスを表現した彫刻や絵画の中には、彼に仕える聖獣である豹が一緒に描かれているものが多い。私がマイケルとディオニュソスを結びつけずにいられないもうひとつの理由がこれだ。マイケルは「Black Or White」「Billie Jean」ヴィデオで自分を豹や虎と関連づけている。また、彼がその種の動物と一緒に写っている写真も少なくない。豹、虎、あるいは、ライオン、、雄牛は、極めてディオニュソス的な動物なのである(これに対して、アポロン的な動物は白鳥やイルカである)。

 以上を踏まえて「In The Closet」のヴィデオを眺めると、私にはマイケルがディオニュソス、ナオミが豹にしか見えない。豹と戯れるディオニュソス──ハーブ・リッツがそこまで意識していたかは分からないが、ともかく、その肉体崇拝によってリッツがマイケルのディオニュソス的肉体を見事に映像に捉えたことは事実である。そして、マイケルの肉体が放つ神々しいまでの官能がここまで生々しく記録されたことは、後にも先にもないのだ。このヴィデオで踊っているのは、人間ではない。リッツがレンズ越しに見たのは、人間ではなく、神である。ハーブ・リッツは神の姿を捉えたのである。

 このヴィデオで、仮にマドンナがナオミの役をやっていたらどうだったか。マドンナは間違いなくマイケルに瞬殺されていただろう。マドンナには悪いが、マイケルとナオミのこの肉体を前にしたら、彼女などただのイモ姉ちゃんに過ぎない。

 ハーブ・リッツとマイケル・ジャクソンの邂逅に、私はただただ感謝するばかりである(そして、決して皮肉ではなく、マイケルに刺激を与えたマドンナにも感謝したい)。

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無敵! 最強! 神!


マイケルの最強ショート・フィルム10選【第1~10位】
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