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Welcome back, Sade──『SOLDIER OF LOVE』



 シャーデーの9年3ヶ月ぶりの新譜『SOLDIER OF LOVE』が遂に発売された(世界発売'10年2月8日、アメリカ発売2月9日、日本発売3月3日)。
 
 私のもとには某ネット通販サイトで予約しておいたCDが2月9日に届いた。このブログの一番最初のエントリーで書いた通り、私がシャーデーに目覚めたのは前作『LOVERS ROCK』期の活動がすべて終了した後だったので、今回の『SOLDIER OF LOVE』が私がファンとして初めて手にする彼らのニュー・アルバムということになる。'07年10月にこのブログを始めて以来、私はひたすらこの時が来るのを待っていた。


 全10曲、42分。ブックレットを開き、神秘的な山林風景の上に印刷された歌詞を見つめながら最初にこのアルバムを聴いた時、私は“蒼い時”を思った。夜が朝に変わる束の間の研ぎ澄まされた時間。アルバムに耳を傾ける度に、その印象は強まっている。

 作風としては前作『LOVERS ROCK』の延長線上にあるが、極限まで無駄を削ぎ落とした『LOVERS ROCK』の息苦しいほどの緊張は幾分和らぎ、ある種の隙や緩さが感じられる。もちろん、ひとまわり大きくなったがゆえの隙であり、緩和だろう。アルバム全体に芯が一本通り、最後まで一定の緊張感が持続する点は前作と変わらない。変化をひとことで言えば、豊潤になった。質素ではあるが、同時に、豊潤なのである。サウンド的にはやはりギターが基調になっているが、今回はストリングスとピアノの美しさがとても印象深い。

 先行シングルに選ばれた表題曲「Soldier Of Love」の闘争的・戦闘的なムードは、アルバム全体を支配するものではなかった。むしろ逆に、非常に内省的で、静謐なアルバムである。「Soldier Of Love」は、飽くまでアルバム全体の帰結のようなもので、聴き手はアルバムを通して、“私”が戦士になるまでの経緯を知らされることになる。いかにして私は戦士になったか。あるいは、なぜ戦士にならねばならないのか──『SOLDIER OF LOVE』は、いわば“愛の戦士”の心の履歴書のようなものである。
 

 “私”を戦士に変えた理由は、自分の愛する人たち──特に子供の存在がやはり大きいようだ。シャーデー・アデュの実生活においては、現在13歳のアイラ Ila という娘がそれに当たる。
 アイラは、'96年にボブ・モーガン Bob Morgan というジャマイカ人ミュージシャン(「By Your Side」のリミックスに関与)との間に私生児として生まれているが、結局、シャーデーは彼とは未婚のまま破局したようで、5年ほど前からイアン・ワッツ Ian Watts という新しいパートナーと共に、イギリス、グロスタシャー州のストラウドで暮らしているという。シャーデー、アイラ、イアン、そして、イアンの息子ジャック Jack(現在18歳)の4人暮らしで、シャーデーはイアンとの結婚も考えているらしい。

 現在のパートナーについて、彼女はこう語る。

「イアンは元イギリス海兵隊で、消防士になった後、ケンブリッジ大で化学を学んだ人なの。私はずっと、斧で木を切ったりできる笑顔の素敵な人を見つけられたらな、と思っていて。いい人でありさえすれば、貴族だろうと無頼漢だろうと気にしない。私は教養のある無頼漢に巡り会ったわけだけど(笑)」(31 January 2010, The Sunday Times)

 シャーデー・アデュは幼少時に両親の離婚を経験し、母子家庭に育っている。彼女が11歳の時に母親は再婚したが、相手はひどい男だったようで、シャーデーと義父との関係は芳しくなかった(結局、母親は離婚し、後にその男はのぞきで逮捕されたという)。
 イアンと暮らすアイラは、奇しくもかつてのシャーデーと同じような境遇に置かれているわけだが、幸い、母親と同じ不幸までは経験していないようだ。

「イアンは本当にアイラの父親でいる。父親としてあらゆることをしてくれてるし、娘も彼のことを本当に尊敬しているの。まるでやっと宝クジに当たったような気分だわ」(同上)

 『SOLDIER OF LOVE』には娘アイラに宛てたと思われる曲「Babyfather」「In Another Time」が収録されている。特に「Babyfather」は、表題曲と並ぶ本作の最大のハイライトのひとつとも言える名曲だ。“赤ちゃんパパ(未婚の父)”という曲名が示す通り、とりわけアデュの自伝的要素が強い作品であり、実際、この曲にはスチュアート・マシューマンの息子、クレイと共に、バック・ヴォーカルで娘のアイラが参加している。レゲエ調のサウンドに乗せ、娘と父親の関係を愛情込めて見守る、アルバム中で最もピースフルな曲である。『SOLDIER OF LOVE』には、今の彼女にしか歌えない、こうした瑞々しい作品が10編収められている(ちなみに、2ndシングルはこの「Babyfather」しかないと思う。「Soldier Of Love」と双璧を成す「Bring Me Home」が3rdに切られれば、私は何も言うことはない)。


 前作『LOVERS ROCK』が発表されるまでの長い空白の間、アデュは山にこもっていた。アルバムは、彼女が山を散策して見つけたものの集積だった。今回、『SOLDIER OF LOVE』までの空白期間についてインタヴューで訊ねられても、“ずっと洞穴の中にいて、そこから岩をゴロゴロ転がしてきたのよ”などと彼女は答えている。約10年の間、彼女は私たちと同じように実生活で様々な浮き沈みを経験し、そして、それをひとつの固まりにして帰ってきた。聴き手の信頼を裏切らない、このような誠実で豊かな作品が届けられたことに、とにかくファンの一人としてこの上ない幸せを感じる。アルバムの全10曲は、これからゆっくり鑑賞させてもらうことにしたい。

 ところで、シャーデーはツアーもやる気満々のようだ。しばらくの間、彼女は私たちのもとにいる。
 
「ステージに出て歌いたいわね。でも、その後はまた消えることにしたいわ」(7 February 2010, The New York Times)

 Welcome back。倒れない程度に頑張って働いてもらいたい。

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