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後姿美人、シャーデーを考える

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 後ろ向きのシャーデー・アデュ。
 『SOLDIER OF LOVE』カヴァー写真、表題曲シングルのカヴァー写真アウトテイク(上)、あるいは同曲ヴィデオでも見られる非常に印象的なイメージである。撮影はいずれもソフィ・ミュラー。

 後ろ姿の女(が佇んでいる室内画)ばかり描くヴィルヘルム・ハンマースホイというデンマークの画家がいて、その静かな詩情も含め、当初、私は『SOLDIER OF LOVE』ジャケから何となく彼の作品を連想したのだが(と言っても、作品の印象はまるで異なる)、他にもっと似たような絵を見たことがあるような気がしていた。正確には、似たような後ろ姿、である。

 はて、誰の絵だったか、と考えると……。


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竹久夢二「舞妓」(左)「舞姫」(中)「早春」(右)

 答えは、竹久夢二。彼の描く美人画には、後ろからのアングルで女を捉えたものが多い。彼は明らかに“後ろ姿フェチ”である。

 女を美しく撮る達人、ソフィ・ミュラーは、図らずも夢二と似たような美意識でアデュの後ろ姿を捉えているような気がしてならない。後ろ姿に“色”や“艶”をより強く感じるというのは、いかにも日本人的な感性のようにも思われるが、どうなのだろう。後ろ姿の女性像(あるいは裸婦像)は世界的に決して珍しいものではないが、夢二が描くような女性の後ろ姿を、私は西洋美術で見かけたことがない(単に私が知らないだけかもしれないが)。ミュラーの撮る後ろ姿のアデュが、どことなく夢二の女たちに似ているのは、ちょっと面白いことではないだろうか。

 アデュの後ろ姿を捉えるミュラーの視線に、私は日本人として非常に親しみを覚える。もっとも、これはミュラーというより、寡黙な表現を好むシャーデーのアーティスト性によるもので、ミュラーがそれを的確に捉えた結果、あのような日本的とも言える後ろ姿のイメージが生まれていると考えるのが妥当かもしれない。

 ネット検索をしていたら、たまたま、ある写真家のこんな発言を見つけた。

「後ろ姿って語るんだよ。正面からだと顔に惑わされて見えにくくなってるその人を。迷いとか自信とか、精神が表れるんだから」

 美しい女は、後ろ姿も美しい。

 万国共通・全方位美人、シャーデー・アデュ。彼女は絶対に和服が似合う。ファンになって以来、私はアデュの着物姿が見られる日を夢見ているのだが、これが叶えられることは果たしてあるのだろうか? アデュが再び来日することがあれば、誰か無理やりにでも彼女に和服を着せて写真を撮るべきである(この記事は、結局これを言いたいがために書いた)。

 ついでに、私はDJクラッシュに一度シャーデー作品のリミックスをやってもらいたいと思っている(尺八ネタ使いで)。最高だと思うのだが。

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後姿対決──竹久夢二「立田姫」 vs ミュラー監督「Love Is Stronger Than Pride」


※この記事、前回の“Jimmy Kimmel Live [February 2010]”からの続き。そして、更に次回へと続く。

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